屠殺場が彼女が要るから
ボクは産まれたときからもう肥溜めに居るものだから、それは山田組の七男のセフレ(男だ)の妻とネトラレプレイをしたら、デキちゃったというだけの子どもだから、と、言えば、ボクがゴミであることは、お分かりいただけるだろう。
七男は、風俗店を営業し、セフレはそこの庭番をやっていた。
お分かりいただけるだろう。
ボクがゴミに育てられた最悪のゴミの塊にしかならないことが。
人生は、生まれで決まる。
仕事なら女も殴るし、子どもの首を締めることもするし、というか、ボクみたいゴミになる前の赤ん坊の処分と廃棄なら、もう何十回やったかな。
車の免許は、だから真っ先に取らされた。捨てにいくのに山が多いから、そのときの車内だけ、ボクは少し一人になれる。静かな時間を過ごせる。
ボクはどうしようもない卑しいゴミだ、ボクは、僕とか俺とか私とか、違った生き方すら見つけるコトもしない。これは、難しいかもしれない。逃げたらいいと何も知らないひとは言うかもしれない。いや、元カノがそう言った。鹿馬(しかま)は、でもホラ顔はイイんだし、あたしいっしょに逃げたい、地方の風俗ででも働いて養うよ、シカマもアルバイトでもすれば、そこまで言えた。
あとは、灰皿を額に向けて投げたら気絶したし、もっとバカな風俗店に配置替えさせたし、スマホはブロックしたし、というか、あのときのスマホすらもう無い。コピースマホだったから今頃はどこかの馬鹿の手に渡っている。どうでもいい話、本当に。
タバコは、車では吸わないことにしている。休息になる、なっているのやら? ともかく臭くしたくない空間だからだ。特に、赤ん坊を捨てにドライブするとき、おめでとうと言ったってボクは別にそこまで酷くないように思う。ボクなら赦されるだろうとすら思える。ボクは殺した赤ん坊を山ほど山に捨てるが、恨まれているとか呪われてるとか、ちっとも想像ができない。
そう、想像できるやつなら、声をかけることもないし、むしろ女でも男でもデリヘル落ちでもすれば、なんならボクがさせるけど、そんな感じだ。
感じ、というのは、学校に通う法律があるからまぁ在籍と出席をしてたころ、そんな感じの人間を何人か、店落ちさせてきたからだからだけど。
今頃は死んでるかも。別に、知る気もないしどうだっていい。たまにマージンがまとまって入ると、ああアダルトビデオに誰か行ったわけ、サンドバッグか肉かゲイビか知らないけど。
というか、本当にどうでもいいときがあって、マージンもそこらの店の嬢にやることがある。こんなコトをするから、またボクが惚れられて、ボクに殴られるようになる女が増える。それか、ボクの顔だけ目当てか、ボクが聖人にでも見えた終わってるやつ。バカな話だった。ボクの名前より、でも少しはマシかもしれないけど。
そう。赤ん坊たち。恨まれるなど有り得ないのに。
産まれたことが悔しい、それが約束された人生に、知らないうちから会わずに済む。
イイんじゃないの。
来世があるといいね。
ハッピーエンドもバッドエンドもない。来世があるなら、イイんじゃない。赤ん坊をじかでやるときは、泣き声をあげる猶予もなくやることにしてる。
誰かが、そんなボクのやり方に、人の心がないと言った。
……アレは心外だったものだ。
風俗の店長で面倒だったから、ボクは笑うことだけして、とっとと車でドライブに出た。ため息が吸える、ドライブに。
前置きが随分とながい。簡単に、ボクが、いや俺かのか僕なのか私なのか、まぁどうでもいい馬鹿が、19年間をふり返って見ているのは、…………気になるからだ。
…………自分が他人から、それも女の子、17歳だそうだ、あと6ヶ月と18日で18歳になる。
社内定期検診のコピーをおととい見た、ああ6ヶ月と16日だ。
で、それなりの感性がある女の子から、したら。
…………どう、見えるものか。
気になっているからだ。
今は。
「わ。しーさん、また勝手に入ってきて大丈夫なんですか? 流石にここまで何度も来たらまずいですよ」
「気をつけて。血は滑るよ。そこは気にしないで、ボクは見学者ってことで一昨日からおっけーになったから」
「……いえ、……でも、私まだ学生なので……、私が、会社からしたら……」
「男女雇用機会均等法。個人の権利だよ」
「そうですけどね」
(あ、そこも好きかも)
脅しと個人事情で、このアルバイトをしていることは把握している。そのうえで、割り切っている視線を単に横に流した。引きずっているゴミ袋、モツのズタ袋、そっちに目をやって、しゃがんで両手で持ち直した。
ボクは、ついうきうきしているのか何なのか、かしこまったジャケットを一応着てきているのに、そりゃまあ会いに来たからだからではあるけど、手を貸した。
ズタ袋に触ると、それだけで、彼女はイヤな目をした。
「しーさん、触らないで。汚れます。……見学者なら……、えっと、私わからないんですけど、でも、屠殺した肉は触っちゃいけませんよね?」
「ああ、沙耶ちゃん、見学とかの場に出してもらえないんだよね」
「……違法ではないって聞いてはいますけど、でも外聞が悪くなりますから。会社が」
「この会社好きなの?」
「いえ別に。……しーさん、なんで……見学者ってそんなに自由に歩けるんですか?」
「んー。社長の客人って言った方がいい?」
「ええ」
沙耶が、作業帽の下から、身長差があるボクをおうかがいする。しょっちゅう、値踏みする目つきをしていて、失礼な子ではある。そう感じられる人には、だが。
「しーさん……、なんか来るたびに違うこと言ってらっしゃって、よくわからないんですけど……ウチのご関係者?」
「ウウン。まさか!」
「社長と仲がいいんですよね?」
沙耶。沙耶ちゃん。沙耶ちゃんは、ものさしと天秤をどちらに傾けるか、ボクをまさに測っている。青暗い瞳がボクの目をまっすぐに見上げて少しの揺らぎも見逃すまいとする。
「…」ひとまず、さっきから笑ってはいるけど、沈黙は一秒は空いただろう。
少し、悩む。
はい、いいえ、別にこの会社くらいなら倒産させられるけど、社長個人なら借金地獄でもゲイビにでも送れるけど、どれも正解であるけど、どれがいちばん、沙耶ちゃんは喜ぶもかな?
2秒後に沙耶ちゃんは目をそらした。
「またヒミツ主義ですか。しーさん、あんまり私に近寄るとよくないと思いますよ……。なんていうか、しーさんのお時間がムダになってもったいない」
「……うん、ヒミツ。ヒミツだね。いやボクは珍しいなと思ってね。屠殺場ってほら。それに沙耶ちゃんがインパクトあったし」
「初めて会ったとき、人殺しでもしているのかって聞いてきましたね。ガッカリしたんじゃないですか? 残念でした。普通のつまらない女の子です」
(よく普通って言える。もう異常者までイッてる。目が、いや、目だけ?)
ボクが、沙耶ちゃんの肩に手を置いて、沙耶ちゃんを覗き込む番だった。
今度はボクからのものさしと天秤の時間だ。3秒はもらえるといいな。
「沙耶ちゃん、血まみれのまま、あんなふうに敷地外を歩いてたらケーサツに捕まるよ。もうしてないよね」
沙耶ちゃんはボクを見上げて、頷いて、胸に抱えているモツ袋に目線を落とした。3秒。
「あのとき、橘さん本当に驚かせちゃったみたいで……。まだ言うんですか。追いかけてきてマジであれは怖かったですよ」
「アハハ。えぇ? ボクが殺人鬼? あんときはボクはフツーだったよ?」
「だから。私が、悪かったですよ。あのときは……」
「ああ、あと橘さんじゃなくて、しーさんでいいから」
「むしろ下の名前を頑なに教えない」
「年下だし?」
「たち……ばな、さんじゃない、しーさん、しーさんはあのときでも何がそんなに楽しかったんですか?」
「ん? どういう意味かな。教えて」
モツのゴミ袋がグチャグチャに変形して睦み合うように肉と肉を崩し合って黒い肉塊と化している場所にまで来た。モツ、ないぞう、目玉、脳味噌、屠殺したもので使えない部位、それがどれにもみちみちと詰まっている。
「ん、しょ」
ボクの助けを断った沙耶ちゃんは、重たそうなモツを捨てた。他の袋にも手を伸ばして、みちみちしたゴミたちを佇まいだけ、整えた。
沙耶ちゃんは自然にそうしたことをやる。クセみたいに。
やっと、沙耶ちゃんは、きちんとボクに正面から振り向いた。
いや、進行方向にボクがいるだけ。
ただ、沙耶ちゃんの顔の向き、眸子は、ボクを、見上げてまっすぐだった。
「しーさんがわざわざ屠殺工場に、しかも私に、話しかけてくるからですよ」
はは、笑う。愛想笑いではあるけど、ため息をつきそう。
ドライブじゃないし、生きたまま逆さ吊りで血抜きされてるニワトリたちのギャッギャした悲鳴が聞こえてきてうるさい。風俗よりもうるさい。風俗では、殺しなんてもちろんメジャーではないし、刑務所とか、いや刑務所ですらこんなに死にみちみちていない。
沙耶ちゃんは、次第にきょとん、とした。年相応にたまにする、若い女の子の表情、どうして沙耶ちゃんならこんなにゾクリとするんだろうか。
ふつうの、仕草なのに。
「しーさん、そういう顔をすると俳優さんみたい。目がきらきら。で笑うときの顔が変になるやつですまた」
「……あ、あー、見慣れた? レアだよ。レア、SSRレア」
「しーさん、俳優さんかなんかで屠殺場で取材とかそうゆう感じなんですか? それなら若い女の子なんて珍しいでしょから私に来るのわかるんですけど」
「アハハハ。そしたら何の役だと思う?」
「殺人犯? 犯罪者?」
「沙耶ちゃんはー、またそう、自分のお仕事を悪く言う! 遠わましに自分が犯罪してるって思わないでよ。単なるお仕事だよ。必要なお仕事。それに、ボクは好きで来てるよ」
「……好きですか……しーさんのお仕事が?」
「アハハ、まさか」
作業、包丁がずらずら並んでる場所に二人で歩き出す。ボクが先に歩いてたら沙耶ちゃんは「あ」と仕事を思い出した表情になった。
少しだけ恥ずかしそうにボクの隣に並ぶ。
うん、可愛い沙耶ちゃんは。
ただ、ボクの目は見ないで、沙耶ちゃんは遠くを見るみたいに、あの日の血だらけの沙耶ちゃんみたいに、どこか心が外に出かけている目をする。
ドライブに出ているみたいな目だった。
「……ううん、沙耶ちゃんが、だよ」
「しーさんのそれも聞き慣れてきました……」
「沙耶ちゃんが好き?」
「はい。有り得ないってね、すぐわかりますよ……ここをどこだと。それに、最初っからずっとそれでもうよくわからない冗談になってますよ」
「本当に冗談だからかな。本気だから、とは思ってないのほんとに?」
「おかしいんですよ、しーさん。あ、ほんとに俳優さんで取材だったらごめんなさい、私に取材してくれてるならすみません」
「なんで謝るの?」
「……そんなの……全部がですよ」
沙耶ちゃんはボクを見ないで、作業場に早足で戻る。ボクが歩調を緩めないでいると、沙耶ちゃんは負けじとついてくる。隣に。何も言わず、求めず、隣に追いついていっしょに歩こうとする。
沙耶ちゃんが血だらけの作業場に戻ったので、ボクは手をヒラヒラさせて、社長室に行くと告げた。
沙耶ちゃんは目を丸くする。女の子らしくキラキラしたものが好きなのだろうか。
「やっぱり、しーさん俳優説?」
「それがいちばん面白い冗談だよー」
「ナゾすぎですね」
声が、まったく興味がなさそうだ。
ちょっとよくわからない、女の子だ。
女の子なんてそんなもの、ミステリアスなもの、思春期だから? 真面目に考えてみるのが初めてなのでボクもよく分からない。
二階の社長室のドアを開けると、社長の野原誠司が、足音でわかっていたと青褪めた顔色でボクに知らせた。沙耶ちゃんぐらいだよ、わかんないの。
「ども、鹿馬です。もうできてますよね。昨日のハズでしたけどね」
「ほ、本気だとは……書類が」
「できてるなら」
はい、はい、ロボットが叫ぶ。入社当時の履歴書、各年の健康診断、諸々の原本であることは手書きの文字ですぐにわかる。鈴原沙耶の髪は、今と違ってロングヘアだから、履歴書の写真を見ると、……あんまり面白くないんだろう、顔が歪んだ。
「よ、喜んでいただけるなら、何でも」
「……テメェ、目をモツゴミと一緒に捨てたらど? あと、……そうだな、理由つけて、沙耶の給料あと5万さげといて。ちょっと今の金額だと沙耶ちゃんしばらく困らなさそう。でもクビとか辞めるとか絶対にさせるな」
「……あ、あの、あの子、大変……で、それにそのせいかしっかりしてて、労基に通報ぐらいする」
「やらせないで? ウデある?」
「いやっ、ウチ、……あ、あのぉ、橘さんの方から、おチカラをいただけたら沙耶ちゃん…も、泣き寝入り……をするのでは。特に怖がるりますから」
「……まだ、いや、……」
ボク個人があくまで関わりがある、そのスタンスは保ちたい。恐がる? こわがらせるのは、どうなのか、まだよく分からない部分があった。
数秒間も勿体がないので、社長のデスクにある紙の上にペンを走らせた。
「給料さげる日の3日前にこの番号にかけて。直接、ボクが来るから。あとはどう動いてもいいように彼女はシフトに組まずテキトーに仕事やらせといてくれれば、それで。ではごきげんよ」
ボクの本当のスマホについて、こんな関係ない第三者に教えるのだけ、嫌悪を覚える。
まぁ、いいや。
沙耶ちゃんのため。
ドアを閉める前に泣き声みたいな挨拶が聞こえた。
腕時計を確認する。ボクの仕事までまだ30分はある。別に気づかれなくていいから、彼女が黙々と殺していく後ろ姿だけ、眺めておこうかな。
何度もしているけれど、ドライブで山に行くときの静謐を感じられて、イイ。あんなにギャーギャーうるさい屠殺場だが。
難しいのは、沙耶ちゃんに返り血が飛んだ気配がしたら、どうしても姿を正面から見たいから、見つかる。
トコ、か、な?
沙耶ちゃんみたいなわりかしまぁ割りとけっこう女の子の自覚がある女の子、嫌いだったハズだけど、まぁ、今は、沙耶ちゃんから見たボクがどんなふうであるのか、それは気がかりになってしまう。凄く。
沙耶ちゃんから見て、恋愛対象になりたい、最近はそれを強く念じてしまう。
ドライブしているみたいな気分もあって、……警戒心が強い沙耶ちゃんをまずはボクの車に乗せること、ドライブすること、まぁ、ひとまずは、それが今の生きる目的だ。
行き先は、山のほかで。今は。
END.
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