昨日の続々(調整中
「あー、いつにもまして塩ー♡」
「いえ試験勉強してるのどうみたってわかりますよねしかもお昼休憩までわざわざ探しに来てなんなんですか」
「ボクは別に沙耶ちゃんに会いに来てるなんて一言も言ってないけど? シャチョーに用があるだけかもよー」
「なら尚更なんで今ここで私の隣に暇そーに腕のばしながら座ってるだけで私ガン見して……ってまたそういう目ですよ、なんなんですかその怖い目は」
「いや、同じ気持ちもあるにはあるんだと驚いてるだけ」
「どこの部分に共感ポイントありました今??」
「そういえばなんで今日は食堂でも外でもないの? 探すの時間かかったからもう食べ終わってるねぇ♡」
「探してたって白状してますよねそれは」
「言質? うわ、ヤクザー。やり方が組だよ沙耶ちゃん♡」
「ものそい言いがかりというかもしかして私って嫌がらせかなんかされてますか?」
「されてないー♡」
「試験勉強の邪魔はされてます」
「沙耶ちゃん、実況者かなんか? リアルタイム生配信」
「リアルタイムでどんどん変なウワサ広がってしまったので食堂に行きづらくなっているという私の昼事情ならリアルタイムで更新の通知きてますね」
「口が減らない沙耶ちゃんもいいねー。もしかして怒ってる?♡」
「いえ。試験勉強って何回言いましたか」
「数えてたら沙耶ちゃんヤバいね」
「数えてない!!」
ようやく、表情に釣り合う大声がでてきたのでムクリと上体を起こした。
いやどう見ても沙耶ちゃん、ボクがこの今は使用してないとかいう物置部屋にきてドアを開けたときから、ボクにガンを飛ばしてそれはもう不機嫌になったから。ひと目見ただけでそれだ。
「ウワサってどんなのー?♡ 沙耶ちゃん♡」
「…………っ」
スローなテンションをほぼ維持させている沙耶ちゃん、でもたぶんこの子は職場ではそうしているとか、割り切ってやっているだけのタイプだろう。他では、もっと年相応に女子高生をやっているはずだ。
いやこんな場面でさんざん女男を値踏みして風俗に手配してきたウデ役立てても不本意ではあるけど。
沙耶ちゃんは、目元を引つらせて、自分が大きな声をあげてしまった自覚もあって、さらさらと書き写していたノートに走らせていたペンも止めて、というか塩対応しながらずっと書いていたのでなかなか本当に失礼な子だけどボクに横目をやって睨んできている。
「しーさん、オトナなんですよね」
「まだー。20歳きてないよこれでも。19歳と11ヶ月かな♡」
「ほぼ20歳だしなんで月まで言いました。いえしーさんオトナですよ。仕事してどのくらいになるんですか」
「あー、勤務年数からオトナの程度を測るってそれボク以外にやっちゃだめかもー♡ ものさし丸見えのすげーイヤな同僚になっちゃうよ沙耶ちゃん♡」
「しーさんはいつ同僚に」
「エア社員みたいな? 昼休憩になんでか同席してるとか幽霊エア社員じゃない?♡」
「試験勉強するんでした」
「会話を打ち切ってくるー。塩対応ー♡」
「しーさんって因数分解わかりますか」
「わからんね」
「出てってください」
またボクを睨んでるけど、ここまでくると可愛げが逆にあるな、なんてなるしコレが年頃の娘を持つパパの気持ちというかパパ活でもやってるゲスオヤジの気持ちよさってやつか。
相反してるけど、その小憎たらしさはそう、沙耶ちゃんの未熟さ、年頃の女の子であるからこそくる心の壁の厚さ、こうやってオトナとやらは子どもなら手玉にとれるって安心とナメた気持ちよさに浸れんだろう。って別に地域の店に来てるクソ客どもを理解したくてここに来ているわけではない。
でもまあ確かに若い子は値段がつくな、とはなる。ただボクは価値など感じたことないし。赤ちゃんとのドライブをどれだけしてきたかな。
先週もしたし。ああ、ちなみに、勤続年数は19年11ヶ月と2日ぐらいだよ沙耶ちゃん。沙耶ちゃんがたぶん昼間の学校に通ってる女子高生を見てるときの気持ちがどんなものか想像がつくよ。
そう、世界がちがう。
沙耶ちゃん、は、ボクが黙って、ただ営業用の笑い方を顔に残してただ頬づえついて眺めているだけになったボクに、しばらくするとまた視線を投げてきた。
「…………」
「…………♡」
にこ、としてみると、怯えた揺らぎのあった瞳は、暗い海の青さを沈めた眼球が、不愉快そうに顰められた。眉間によって。
「……………………」
ああいいよ。謝ろうとしたけどやっぱやめたいとか悩まなくて。必要がない。
沙耶ちゃんが、悔しさを歯噛みさせて複雑そうにボクを見上げた、……23秒。そうだね。オトナは本当、子どもからは傷つけられないんだな、沙耶ちゃん。対等と思ってないからだよ。オトナが。
だからよく売れるよ。
「……謝ってくれるの? やさしー、沙耶ちゃん♡ ジュースでも奢ろうか?♡」
「…………」このやろう、と思ってるよね? 沙耶ちゃん。顔に書いてあるぞ。
ただ沙耶ちゃんも学生ではなくて、そうだよね中卒でここに働いててもう3年だもんね。本当なら女子高生だろうけど女子高生はもう卒業しちゃってるよね。キミの履歴書にある空白期間、あれは11ヶ月29日間だろう。両親が事故死してそれから、支援や福祉からなんで逃げ出して今はこんなところで働いて、今さら学校通おうとしてるの? 沙耶ちゃんって。
お兄さんは、でもこちらも先輩みたいなものと言えるかな。
沙耶ちゃんの返事に、うん♡ ちゃんと何も言わずに沙耶ちゃんの八つ当たりみたいな甘え方とやり過ごし方、それとズルさと若さに、に乗ってあげた。
「……ほうじ茶を。ホットでお願いします」
「女子高生みたいに甘い炭酸とかこんにゃく入ってるのとかラテとかでも飲んだら?♡ それにしておくね♡」
「しーさんやっぱいりませんので出ていってもらってもかまいませんか?」
いやー、でも買ってくるー、適当に答えて立ってみて、沙耶ちゃんからの怒気がぐんと高まったのを気配から感じる。ちょっと確かに面白いなこれ。
年齢詐称してくるガキは本気でうざいものだけど。いくらでもポイポイと捨てたり売ったりした。未成年に対してボクみたいなものが感覚をさしはさむ理由が本当に何もないから、それこそ屠殺してるときの沙耶ちゃんみたいなものだったけど。
(確かに高値がつくわ。どの部位も楽しめるところがあるってか)
そういえば牛も子牛の肉のほうが高い。内臓も肉も革もすべて。
ああ、試験が終わったら、会話のネタにしてみよう。
そして、ボクはちょっと自動販売機の前で貴重な90秒をムダにした。
ほうじ茶ホット、確かにある。
そりゃ自分の勤務先の自動販売機のラインナップくらい覚えてるか。
これのボタンを押すか、90秒をムダにした。
見たことないラベルのグレープ味の炭酸ジュースを買ってから、ていうかなんでボクがパシリなぞやっているんだ、そもそものムダに気づいたけど、まぁ人生の年長者の余裕ということで。
「沙耶ちゃん♡ どうでもいいとこの自販機ってマジで正体不明メーカーのジュースあるよね。はい、どうでもいいやつ♡」
「しーさんは小学生だったりしますか」
「オトナだよー。ボクはそういうのぜんぜん飲まないし」
「奇遇ですね私もですよ」
とか、言いながら、沙耶ちゃんはプルタブを上にした。ためらいなく爪をかけて、ネイルもしてなくて、そんでもって飲む気ではあって。
別に、ほうじ茶ホットでもよかったかもね。
意味なんてないわけだし。そんなので喜ぶならむしろ意味あったような気が今さらしてきたよ、沙耶ちゃん。
END.
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