昨日のやつの調整と続
「沙耶ちゃーん♡ ね、沙耶ちゃんのこの履歴書さ、ウソでごまかしてる部分あるよね。ココとココのタイムラグがおかしい。説明してくれる?」
(……なんて、簡単に詰められればな)
しかし。それをやったら、ボクの中身を悟るだろう。あの女の子は。ついでに世界が全く違うことも悟ってボクとは距離をとる。間違いなく。
「困るなー。どこから失いたいんです? 全部ですか♡ 別にボクはどうでもいい。ただ商売なんですよねうちも。わかるだろ」
ブーツで踏みつけた後頭部がコンクリートのうえでガクガクしている。足の裏の不快感そのまま、カカトを擦りつけた。
「おっと。これは傷害事件になっちゃうか。でもその前にクチもきけなくなれば誰も話なんざ聞いてくれねーな。どうする」
蹴り上げると、歯が飛んでゆく。また。
もう何本も飛んでいて、だから、あの工場を思い出す。あそこでは歯が転がっていることすら日常で、それをついでみたいに清掃するアガリ間際の女の子も、顔色一つ、変えない。
急にしゃがんで、何かと思えば、彼女は歯を摘まんでいた。血は乾いていた。ボクが眺めているのに気づき、ビー玉でも扱うように死肉から飛んだ歯をボクに向けて回してみせた。
「ちっちゃいのでたまに」
「なんの歯?」
「欠けてますけど、たぶん、……あー、えっと、歯って死ぬとすぐボロボロになるんです。頑丈なのは生きてるうちだけなんです、ふしぎですよね」
「分からないんだ。沙耶ちゃんでもそんな細かいことまでは気にしないんだ?」
「いえ、気にしてます。しーさん、私が迷ってるのはですね、敷地外持ち出し禁止ですのでこれをゴミ箱に届けるか、それとも皆そうろろしてる、みたいに、……ギュッてして……すり潰しちゃって白い砂みたいにして、捨てるか、ですよ。でもしーさん、ここらの土地ってコンクリ塗装されてます。清掃がここにも入るからです」
「そうなんだ。沙耶ちゃん、もしかしてボクの目を気にしてるの」
沈黙する彼女は30秒ぐらいをボクにくれた。あはは、なんて、ボクが笑いはじめると、沙耶ちゃんは苦そうに眉をしかめた。
「いつもどうしてるのさ。教えてよ♡ 沙耶ちゃんのやり方知りたいなァ」
今度は、沙耶ちゃんはそんなに時間をくれず、答えた。
鳥葬ってあるじゃないですか、と。
「これ、ハトが摘まんでいくんです。食べていくんですよ。コツ、コツ、って」
「沙耶ちゃん食べたの?」
「しーさんってなんでそう目をきらきらさせて私をヤバいやつにしたがるんですかね」
「食べてない」
「当たり前じゃな、い、……で」
ボクを見上げながら、ボクの微笑みのなかにあるものを見て、それを読んでいく賢い女の子は、確かに本当ならボクが関わる種別の人間ではなかった。
沙耶ちゃんみたいな連中はボクの中身を悟りやすいし、つるんだところで得はない。
世界が、ちがうんだ。
沙耶ちゃんが、でもボクの目を見て何も顔色は変えなかったから、尋ねることにした。
「それ、食べてみる? いっしょに。2人なら感想を言いあえるよ。ラムネっぽいし。見た感じは」
「鳥のエサにしましょう」
「あー♡ 塩対応♡」
沙耶ちゃんが、歯のかけらを敷地内にすりつぶしで撒いて、そしてそれから、ため息してボクを覗き見た。何考えてるんだか、という、目。
ついていくと敷地を出た。
沙耶ちゃんは、ここをでると髪をポニーテールに結ぶ。初めて見たときもその姿だった。
「夜間学校ね。お疲れ様だ。いってらっしゃい」
「はい。しーさんもお疲れ様でした。……しーさんは、お仕事が、これから? 夜の?」
「年上の男ってヒミツがある方がミステリアスでキョーミ惹かれない? 沙耶ちゃんは、どう?」
「え、私……。……しーさんのことでわかってること何もないですけどそもそも……」
「はは、糸口すらないってやつだー。それもそうだー。じゃあねまた」
「また来るんですか……」
背を向けたけど、呆れている沙耶ちゃんは、わかった。
まぁ気持ちはわかる。正直なところ、わかるよ、そりゃあ。
「……うろちょろされて目障りになる。イイ気分するやついねーわ、偵察ならヨソで。次に見たらテメー死ぬから」
うん、目障りに思われる前に、なにか……なんだ?
少女マンガでも買えばいいのか?
沙耶ちゃんの興味の引き方がマジでどうも分からない。
昨日、歯がどうとかより、本当は履歴書にある詐称を詰めたかったのにな。
つい、歯を食べてくれたら面白い、なんて馬鹿な誘惑に負けた。バカな。バカなコトを言うもの。誘惑? ボクがこんなバカそのものを考えてるとも知らず、名前を呼ばれる。
「シカマさーん、コッチのノビてるやつは? アッチは逃してよかったんですか」
「……見せしめになるからいい。そいつは、ボディガードじゃね。捨てて」
立ち去る気配に、仕方なく、振り向いた。おい、オマエってカノジョいるか。
驚きで顔をよくしらんそいつは硬直した。
それから、首を左右に。
「あ、そ」
呆れた気分がするから、たぶん新手を打ったほうがいい。ただボクは所詮はボクでしかない。シカマさん、名前を呼ばれたのはムカついたから、後であいつはなんか処置しよう。顔もしらん新人だが、覚えるため、今度はちゃんと振り向いた。
(……ああ、感情を揺さぶる、か。それはいいがなんで僕が腹立つ必要があるのかハラが立つな。怒らせてみるってでもそれはカッコ悪くないか。あんな、女の子を相手に……)
外の世界にいる、年頃の、歳下の女の子、わからん。
いや、同じ高さでものさしを持とうとしてみること自体、間違ってはいる。そもそも。
まあ、また、行くけど。
ああそう、沙耶ちゃん、鳥って何でも食うからそれこそ腐肉も赤ちゃんもなんでも。生き残るために食い尽くすだけ。
掃除屋っていうのは、そういう連中のことを言う。
でもそれが好きなら、まあ。
END.
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