浅瀬にて。

浅瀬にて。

ある人魚が恋に落ちた。海から網を引き上げる、筋骨逞しい悪魔的魅力が満ちた海の男にすっかり惚れ込んでしまった。

ところが、彼女はただの人魚。人魚『姫』ではない。ただの『人魚』。よって魔女のもとへ向かおうにも、魔女と会えるだけの身分も取引できる手持ちもなにもなかった。だから、毎日じいっと眺めるだけである。悪魔的なハツコイ。実らぬからこそ彼女は熱心に男をただただ遠巻きに鑑賞する。現代用語でいうなら職場ストーカーである。

男のほうは、働くたびに視線を感じた。てもそれだけだ。なんにもできない。彼はその日暮らしが精一杯で、どこかの国の王子様でもなんでもなかった。

なんでもない者同士、なんでもない話としてハツコイは終わる。貧する者には恋のフィールドにあがる権利すらない。

本当は、せちがらい話だった。


END.

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海老かに湯
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