屠殺ラブスト2-26
「私、あなたのことを利用しました。私のために」
バレてるなら。
私に言えることは、限られる。
あと、しーさんが、そのすべて、ムチャクチャだけど本気なのがそれだって言うなら。本気で、私が見せられる、ものなんて。
(私が、ろくでもないこと、分かってもらうしか、ない)
しーさんの瞳は揺るがない。
目と鼻の先のそれを見ながら、私は心臓が揺らぐのを身に覚えてる。心臓の。音が。うるさい。耳にこだまする。
「しーさんの改名、それに結婚して戸籍をあげること。しーさんのことも考えました。私にできることなら、って思った。それはそうです。でも、それだけではない。私、あのとき、結婚の提案をしながら、安堵した。私の、アタヤサヤでも誰かの役に立てる、……こと、それが今は私には、できること。それを実感して安堵したんです。私、それだけでよかった。それが目的で結婚をしましょうと言っただけなんです」
しーさんの瞳は、……揺れなかった。影ひとつ、落とさなかった。
私たちは見つめ合う。
いつも、そうしていた、みたいに。
秒針の音がかすかに聞こえる。しずか。深夜になっているから。
声すら、揺れていなかった。「それで」と。しーさんは平時の温度と声のトーンをしていた。
「何? 問題がかんじられるの」
「…、……え」
「偽善者だ、ていう話をしているの。沙耶ちゃん。どうして。沙耶ちゃん、俺はいくらでも世間が唾棄するようなことをしてきてるし目にしてきた。でも、世間は知らないんだよ。自分たちが生きてる場所も俺と同じ世界だってこと、知らないんだよ。この世界にはね偽善も善も無いんだよ沙耶ちゃん。でも結果はある。結果だけが、残るんだよ、沙耶ちゃん」
「……し、さ」
結果だけ、言いながら抱きついてくる。正面から正しく抱きしめられたのは、はじめて、だった。
「目的も理由も要らない。結果だけが俺には正しい。沙耶ちゃんが好きだよ」
「し、さ……」
「沙耶ちゃんのくれた結果だけが俺をここに連れてきた。それが沙耶ちゃんだろ。なら、俺はもう沙耶ちゃんしかいらない」
「わかってません」
声が。喉が、凍る。
でも。
もう、言わなくては。ならない。このひとが。ここまで。なら、言わなくては。
戦慄する私に、ようやっとしーさんが色を変えた。
いぶかしそうに眉をあげた。
「わたし、アタヤサヤなんです。アタヤなんです。私はしーさんを巻き込んででも私を救いたかっただけ。しーさんは、騙されてます」
「……だれに。沙耶ちゃんに?」
「…………。…………、……」
頷く、ことが。できなかった。私は自己満足すらろくに手放せない、そんな女だった。
しーさんが、私をまた抱きしめて、今度は抱き寄せてきて硬い胸元に鼻が当たる。「俺も随分と騙したからお互いさま」低い声が、言う。
(……それは、そう)
こんな、事態にならなければ。
……知らないでいられたことばかり。
私は、暴れられない。なぜなら、…………アタヤだからだった。
髪にうずめられる、吐息。男性の漏らす呼気。ほんとうはわたしが男の人、忌避していることすら、もうバレている。しーさんはあれだけ酷いことをやってきて、ムチャクチャなのに、慎重に私を抱きしめて少しずつ触れ合いを増やしていこうとする。
触れ合い広場の臆病なうさぎにでも、触る、みた、いに。
呼吸の音がうずもれて届く。髪の奥から。抱きしめられて拒否もできない私は、ジッと受け容れるだけ。
やや、して、私が。
くちをあける。
もうわからない。
この男のひとが、何を言えば納得してくれるものか。私を突き放してくれるものか。手放そうとしてくれる、ものか。
何が値するのか、もうわからない。
「……今週末、どんくり、……仕込んでるやつは、クッキーにしません……。しーさんに見せるモノ。が。あり、ます。いいですか」
「いいよ」
頭上から、髪をくすぐりながら声がする。冷たいはずの体温が、抱かれているからか、いつもよりずっと暖かく感じられた。
怖く、なる。
きっと軽蔑されるから。
(……知らないから)
しーさん、でも、これで、今週末にはきっとここを出て行く。私にこだわる意味が、無くなって。出て行くだろう。
皆そうする。知っている。
END.
読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。