ラブレターは泡のようで嫌い
ラブレターは人魚姫みたいなもんだ。そう思うことにした。今年、2月13日を迎えて春日一路はそう決めた。
人魚姫。想い人に顔を会わせても自己主張ができず、哀れにも泡になって消える、恋するもの。在りようがまるでラブレターではないか? ラブレターってなんだよ? 顔をどこかであわせてるんだから大人しく来いよ。しかも、人魚姫と違って、たぶん声は出る女だろうが。
「イチロ、今年のチョコもうもらってんの? オマエってやつは罪深いな!」
「せっかくだから付き合えばイイのに」
「ふざけんな」
イチロはつっけんどんに返した。人魚姫みたいなラブレター。人魚姫よりも行動力のない女の子。イチロの好みではなかった。
もっと、グイグイ来る子が好みなんだ。自分に言い聞かせてイチロは読む予定のないラブレターをカバンに適当につっこんだ。下駄箱を出ていくとき、下級生の何人かと目が会った。このなかに、ラブレターの主がいるんだろう。
(泡になっちまえ)
冷たい声をうちに響かせる。しかしイチロが非人間だとか、冷血だとか、そんな話ではなかった。
イチロも人魚姫だからだ。
気持ちはあるが、声にはできない。決して、告白できない。イチロはもう人魚姫だから、人魚姫みたいなラブレターは嫌気が差した。
教室に入ると、担任の水戸上春香はもう教壇に立っていた。スラリと足を伸ばしてイスにかけていた。
「おはよう、イチロくん」
左手のくすりゆびに、プラチナリングが嵌めてある。イチロは頭をさげながら声帯など持たぬよう、無言の挨拶をした。
この恋は人魚姫の恋、だった。泡にしかなれない。
「おっ。もうチョコ? イイねぇ〜。でもイチロくん、堂々と手に持って教室に入らないこと。授業が終わるまで没収です。放課後に職員室までとりにきてね!」
グイグイときて、グイグイとチョコを持っていって、イチロのお姫様は強引だった。
イチロはやっぱり思う。
ラブレターなんて、きらいだ。泡になってしまえ。叶わない恋なんて泡になって終われ。
END.
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