ヤクザのしゃちほこ
しゃちほこの、かわり、人魚姫なんていいんでねぇ?
町会でいちばん年嵩のお爺さんが言った。若い衆はしんと静まるが、中年以上のおやじは、にやりとした。お爺さんの孫が今、県外から遊びにきていると知っているからだ。
「人魚姫、読んでやってるんですかい」
「そら珍しいもんができますわ。しかし少女趣味がすぎて舐められやしませんか?」
「しゃちほこも、空想の生物ですからね。名案かもしれません」
このところの町会でなかば知恵袋となっている田中くんが、ノートパソコンを叩きながらしゃちほこを検索している。数分もすると平べったいパソコンを裏返しにして皆にしゃちほこを見せた。
お城の先端部などに取り付けられている、アレ。しゃちほこ。鯱と書き、あるいは虎魚と書き、読み方は同じ『しゃちほこ』。
姿は魚、頭は虎、文字通りの生き物をかけあわせた存在で尾びれを常に空へと掲げている。体はトゲトゲして、木材や岩やら瓦、金属などで作られる。現在は城の天守や門などに古い時代から生き延びてきたしゃちほこがよくみられる。まじないとして、守り神として掲げられてきた歴史があった。田中くんは金ピカのしゃちほこを指差した。
「これ、ほとんど金魚です。最近のはオリジナリティ重視で沖縄のシーサーみたいに立たせるやつまで作られてます」
「さすが、田中くんじゃ」
お爺さんはうれしそうに、末娘が連れてきた孫娘を愛でるように、田中くんに目を細めた。
「人魚姫のしゃちほこ、つくれそかい?」
「はい。任せてください、親方!」
ざっと額を畳に押しつけて、田中くんが礼儀正しく町会長からのオーダーを承る。同じ年代の若い衆が妬みや僻みの白い目をするが、田中くんが気にする中年以上の組員たちは、拍手で田中くんを応援した。オリジナリティって大事だよ、うん。期待してるよ、田中くん。
そうして田中くんは石細工職人たちを足繁く訪ねていくようになった。新年の町会から1年ほどが過ぎ、田中くんは新品のしゃちほこをトラックに乗せて、町へと帰ってきた。田中くんの帰還である。
しゃちほこは、町会の長である、あのお爺さんの長屋敷の正門に取り付けられることになった。新しく造られた門である。なにせこの屋敷が、実質、村の役場のような機能を果たしてしまっている寒村なのだ。
トラックを覆っていた白い布が剥がされて、見物にきた町会の者たち、町の者たちがどよめいた。お爺さんの孫娘が「ひい!」などとうめいてお爺さんの着物にくっついた。
田中くんは、苦笑して、自分がデザインから起こしたしゃちほこ・人魚姫をあおぎ見た。
「どうでしょうか?」
「これは……、先鋭的じゃのう」
「人魚姫といえど、しゃちほこですから。しゃちほこといえど人魚姫ですから。間の子の守り神です」
数秒ばかり、皆がしんとなる。だが若い衆はダメージが少なかった。自分らに発言権は無いと知っているので、仕事にかかるべく取付工事の段取りを開始した。クレーンなどが操縦されて、屋根のうえに登りはじめるなどした。
お爺さんのとなりで、お爺さんの息子の友人でもあるおじさんが「まぁ、」と、同情するような声で言った。
「しゃちほこと言えば、鬼瓦と、おんなじって意味もあるらしいですよ、お頭」
「うむ……」
カンカンカンカン。取り付け作業がはじまる。田中くんが、ヘルメットを装着して走り回った。そんな姿を遠目にしてお爺さんはこのたびの新築建造物をひとことで総括した。
「あやつ、田中、頭はいいがバカなんじゃのう」
「人魚姫って言ったのはお頭ですから」
「あほう。誰が串刺しにされて仰け反ってる女のバケモノなんぞ飾るかいな。アレじゃホレ、首狩り族が首を掲げとるようなもんじゃい!」
世にも奇妙なしゃちほこ、えびぞりに反り返った女が大口をあけて目をひん剥き、仕留めた証拠とばかりに口から尾まで竹槍らしきもので貫通してあった。田中くんは、鮎の塩焼きを参考にしてこのたびの人魚姫をデザインしたとのことだった。
数年のうちに、親方、親分、お頭、あるいは単にヤクザと呼ばれるお爺さんの家にはある異名が囁かれるようになった。あそこ、入り口の門を見い、逆らったやつはああして串刺しにして見世物にするらしいぞ、『首狩り族の家』じゃな、など。
田中くんは、此度の活躍は相当なものだったが、出世も降格も、なんもなかったらしい。
END.