note

未瞳春花はクレープが食べたい。原宿、竹下通りにママと手を繋いでやってきて、春花はママに頭を上げてせがんだ。クレープ! と。

「ハハッ」

ママは、乾いた声で笑った。

なにかを笑い飛ばして自嘲した。言葉の裏にある思い出や、幼かった自分のバカ加減への呆れなど、まだ四歳の春花にはわからない話だ。
春花にわかるのは、まわりのきれいなお姉ちゃんたちが、クレープを持って歩いている、とういうこと。

「まま。まま、くれーぷ。くれーぷ、春花も食べたい!」
「マーボーのやつ、ここらでクレープ食ってたらナンパしてきたんだよ。それが最初で、意気投合しちゃってアタシらは会ってすぐでさァー。んで、春花がやって来たの。わかっかな?」
「くれーぷ」

ママは苦い眼差しで遠くを透かし見る。
春花ではない、いなくなった誰かを竹下通りに蘇らせていた。しかしママは嘆きの溜め息を吐き、しみじみして罵った。
「あんのクソ男、か弱いおんなを妊娠させるだけさせて、クソよ。クソ男に関わるからクレープはだぁめ――」

「くれーぷぅ!!」

風向きの怪しさを感じた。春花が、全身にちからを注いで叫んだ。
クレープを手にするカップル、女子高生などがふり向き、まだちいさな、四歳児なりのお洒落をした竹下通りの住民を見下ろした。傍らのママもまだ、10代といった感じの巻き髪の茶髪に短パンで太ももを露出させてヒールの靴を履き、親戚の子どもを連れてるギャルといった感じだった。
ギャルが、また嘆く。

「誰に似てガンコよ? アタシか? アタシ、ぜったい、産むって決めちゃったし。なにがなんでも春花は産むって決めたし」
「くれーぷ、くれーぷ!!」
「はいはい。春花は、ワガママね、でもそんなんでいいよ」
「……くれーぷ!?」
「クレープ!」
親子は、前歯をむき、にこっ! とお互いの歯を見せる。

ママの前歯はまだちょっとタバコの黄ばみがある。春花の指差したクレープの店の列に並び、そこに反射する自分の顔に気付き、ママはうめいた。
「タバコ、やめよっかな」
「ママ?」
「ん~。金、ねぇーから。でも春花、クレープ食べたいよね。この先、もっとおいしいもの、たくさん食べたいよね?」
「もっとおいし……?」
春花はわけがわからない。キャハハッ! ママが豪快に笑い飛ばす。

「とりまさ今日はクレープっしょ。なにがいい!? ママのおすすめはねぇ~~?」

列の真ん中で、膝をひらいて座り込む。ママはチョコバナナを指差しては思い出と味を語る。イチゴアイスを指差しては思い出と味を語る。サラダを指差しては、味だけを語った。
すべての説明は、春花を素通りした。クレープ……、わずかな声量で何回も呟いてはちょっとぼけっとする。
うん、うん、ママはうなずき、目線の高さを同じにしながら、「じゃあ」と春花のクレープを自動決定させる。

「アタシ大好物だったんよ、それにしようか? 苺チョコ生クリ、ひとりで食べられる? シェア?」
「ん~? 春花、食べられる。食べるもん!」
「そーか。じゃ、アタシはどうすっかァ」
ゆっくりと腰を上げる、ママは腰に手をあてる。いかにもギャルといった短パンにキャミソールの姿に九センチハイヒール、子連れの女には見えない。
しかし彼女は確かに春花の母で、春花にクレープを買ってあげた。

翌日、春花のママは、ガラス製の灰皿をクッション包装紙に詰めて、幼稚園に出向く前にゴミ収集所に寄ってそれをぽんっと置き捨てていった。
誰がどう、何をどう言っても、春花の母なのである。



END.

読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。