屠殺ラブスト2-11
「ん…!?」
目を開けて数秒、腰に巻き付いてる違和感がなんだったか思い出せずに全身が固まった。それから、思い出し終えると、今度はなんでまた……いつもの疑問。
今朝は、現実感がちがう。唇の感覚とか生々しさがすごい。
(なんで……、この人とのエロい夢なんて見る……? キスすんごいされた。経験ないのにあんな夢見るも……の??)
まずい。まずい気が。体は、流され始めているのか。異常な環境に?
「しーさん。外道な本性を晒してもらっていいですか?」
「え。……いいけど食べ終えてからにしたら? 吐くよ」
「そっちのは多分私の求める外道ぶりと方向性が違います。女関係です」
「グロくないやつ。いいけど。なんでまた急に?」
「ヒモに飼われたら私の人生が終わりそうだなって……。いや女関係ってグロテスクな話題ではないですか」
「いや、沙耶ちゃんが俺の過去の女に興味持ってくれるの嬉しいかな。嫉妬♥」
「…………」
「あっ無言は傷つきそう俺。はいはい女。そうだな、料理上手な子が多かった。家に呼ばれてまぁすることはしてあげたりしなかったり。で、手料理を凝ったもん出して、胃袋をつかもうって典型的なことされるかな。他人の手作りは俺は食べないから食わずに帰ることがほとんど。コイツは完全に支配下って奴隷になってる女の飯は食べたかな。でも奴隷まで仕込んじゃってるとかえって面倒くさいんだよ。飼い主でもなんでもないのに、相応のモノを求められる。下のやつにやらせて、そーいうプレイだって言っといて放置するかな定番は。立場をわからせるのも兼ねて。たまに金目のものあげると使い勝手がさらによくなる。ああ体じゃなくて危ない橋替わりに渡ってくれて便秘な鉄砲玉の一個ね」
「グロテスク! どうしてそんな話がグロくない方って判定がでる!」
「メシがマズくなる?♥」
「ご配慮なく、肉じゃがの牛にもじゃがいもにも関係ないので! しーさんのグロさと関係まったくないので。私が聞きたいのはこうした生活に慣れてるですかってことで、ていうか料理上手な子が多かった? 私をディスりにきてますか週末の就労と学校終えて帰ってすぐ風呂いかされてヒモの作ったご飯食べてるだけのただれた私を」
「金曜お疲れさま沙耶ちゃん。俺と寝るっていうと使い捨ての子じゃないなら店のトップクラスだったから。あ、風俗の話して平気かな」
「差別とか偏見とかしたくないのでどうぞ」
「そっか? 嬢もトップ争ってる子たちはやり手だよ。金持ちのパトロン、後見人、配偶者、トップを保ってるうちに今後の保障を捕まえなきゃあの子らでも人生詰むから。体も美容も手料理も涙も仕事道具なわけ」
「トップアスリートみたいなものですか。風俗って言うと。体が資本ですもんね」
「アスリート。沙耶ちゃんも言うね。喜ぶんじゃない? 店の子たち。っていうか沙耶ちゃんはなんで安心してるのか聞いていいお兄さんすっげー気になる嫉妬はどこいった」
「嫉妬はないです。そうしたご事情なら、ご飯は美味しく作れなきゃいけないじゃないですか。その必要性はアスリートとも違う、ひっぱくした……、大変な状況じゃないですか。私が比較する必要なかったなって、安心、その意味でです」
「…………沙耶ちゃん、沙耶ちゃんって……、沙耶ってさぁ。俺も聞いていい? そろそろいい? 沙耶ちゃんの食卓事情、まだ俺に開示しきってないよね」
「開示」
「台所を見てるとさ、変な器具だけ品揃えがよくって何かやってる痕跡がある」
「痕跡」
「それに、炭水化物とたんぱく質、この食生活で沙耶ちゃんのそんな体はつくれないかな。サプリ飲んでるともちょっと手触りが上質かな」
「私の体。論点の見つけ方がいちいち気持ち悪いです……」
しーさんは、肉じゃがをもう食べ終えて、私が夜ご飯を終えるのを待っている。頬づえして、さっきの話をしていた。
(……うーん。……悪いひとなんだけど。こういうところ、が、ある)
先に片付けなどせず。私を待ってる。
確かに。
確かに、好意らしき感情、あるみたい。
私も、分かってきた。
一時預かりの犬や猫、鳥の刷り込みとか。
それとは、ちがう……みたいな感情、しーさんは、しーさんの思い込みもあると思うけど、私に執着心があるらしい。それは、分かってきた。
「…………」
お味噌汁を飲む。
みぞれお味噌汁。大根をすりおろしてある。美味しい。手先が本当に器用だ。
確かに、すりこぎ、すりつぶしの器具なら、うちはたくさんある。
種類が。あまり見ないものもあるはず。
(……ん、もしかして、すりおろす料理が多かった? 昨日は、長芋にマグロを頼まれて……一昨日はお豆腐とほうれん草、白和え……、ん…、嫌がらせ……??)
気づかなかったけど。普通に食べて普通に寝てた。
ここしばらくの手料理。いや気づかないのが普通ではないか。
(なんなのこの人って)
怖いなやり方が。いや、やり方が陰湿? いやでも気づかない、って……。
「……………………」
「……………………」
見つめ合う。ごくん。私はみぞれとお豆腐とワカメのお味噌汁、最後まで食べて、飲み込む。
しーさんは、笑いかけてきて、「美味しい?」
なぜだか意味ありげな声色。いや意味、やっと判りましたけど。
「美味しいです。ありがとうございます……。でも、やっぱり性格がもっと悪質になりましたね、しーさん……残念に……邪悪に……?」
「あはは。可愛くなった、って言って欲しいかも?♥ 沙耶ちゃんにじゃなきゃありえないよ♥♥ 新妻っぽいかな、殊勝でさ」
「どちらかというと報復とかやってくる係争中の妻です……? 毎日ティラミスをデザートに出すやつ的な」
「手料理ってほんと怖いね♥ 脂肪分で早く死ねっていうレパートリーを料理で延々と出すテクニックだね。金持ちを誰でもいいから捕まえたら後ほど殺すんだよね、あるある。ほんと、手料理は彼女らの彼女なりの武器。何あるか判ったもんじゃないから俺はだから手料理は食べないしトップクラスの嬢は特に興味なかったな。用件があるときと繋がり濃くて使える子、まぁ仕事。向こうは、俺を愛人にしたがる子、多かったかな?」
「ああ、しーさん、そういう需要、ありそう」
「需要て。市場に出されんの? 俺は」
「んー……」
「なんでそこで悩むの」
「…………そうではなくって…………。んん。でも、しーさんと仲良くなりたいとか。私にそういう気持ちは無いの、わかってもらえますか?」
「家事を始めてから、何十回1日のうちにフラれたかもう数えるの、俺もう辞めたよ沙耶ちゃん」
「わかってもらえますね」
味噌汁を最後まで飲みきって、手を合わせた。ごちそうさまです、ありがとうございます。しーさんは頷いてる。
「どーいたしまして。で、何かな」
「……明日は、お休みですけど。ちょっと出てきます。あと、明日からは、うち、いえ私のご飯、私も作ります。しーさん、でも……いえ……いいチャンスとみましょう。みなします。しーさん、覚悟してください」
「え」
「私に、絶対に、幻滅しますから」
……食器を片付けに立ち上がる。突き放したつもり。でも。
しーさんは、ぽかんと口を開けて、私を凝視して、それからやっぱり、吹き出して笑い始めた。え? ええ? なにそれかわいー、とかなんか言ってる。
会話が噛み合わない、この結果はわかるから、私はさっさと食器を回収して洗いものを始めることとする。どうせ明日もしーさんは盛大に笑うんだから。
笑いすぎてお腹抱えるくらいと思う。もう、知らないや。
手料理でいつの間にかケンカを売られてきてるようだから。返り討ちにする手段はある、だけの話。
END.
読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。