人魚姫の瞼は宇宙にある

人魚シーリーテには瞼がない。生まれつき。

魚に瞼はないことがある。シーリーテは魚の血が色濃いのだろう、と家族は言った。

シーリーテは、だから目をつむらない。

朝も昼も夜も潮水のなかを見つめる。いつしかシーリーテの眼球は傷み、眼球内部にて亀裂が生まれた。すると、シーリーテに見える世界は亀裂のぶんだけきらきらして横にゆらりと揺らめきだした。シーリーテは、たまに眠る。夢を見る。夢でゆらゆらして起きても裂けた眼球はゆらゆらするから、シーリーテはいつも夢にいるような人魚になった。

しゃべることも、次第にふわふわしていった。実像がなくてふわふわ。心ここにあらずでふわふわ。シーリーテは、変わった人魚になっていく。

ある夜更け、シーリーテは海から顔を出すと、傷んで裂けた眼球には空が白白と輝きの塊になると知った。星が揺れて見えるから、星の光が多重層にかさなっていく。美しかった。シーリーテは、その日を境に、夜は海面にばかりいるようになった。

そして美しい空に魅了されたシーリーテもまた、美しくなった。変わった人魚であるシーリーテは眺めた星を蓄光させたように目を活き活きさせる。美しい星星ばかり見るから、シーリーテは髪飾りを選ぶのも上手になったし、身のこなしも上品にしなやかに、星にふさわしくなった。

いつしか呼ばれるようになる。

シーリーテ、あの子。シーリーテ、あなたは。

人魚姫。シーリーテは人魚姫になった。星のような人魚姫、お姫様。

目がよく見えないから、人間と人魚の差がよくわからない人魚姫。彼女はやがて童話『人魚姫』になるが、今は、まだその前の、前日譚である。

星が好きな、人魚姫の話。


END.

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海老かに湯
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