屠殺ラブスト2-18

「ねぇ沙耶ちゃん、縄文時代の食べものだって? ドングリのクッキー」

「妨害音声ですか?」

どんぐり、ビニール袋にまとめて、麺棒で一個ずつ、ばきばき、殻を割ってゆく。

次は中身をすりばちに移して、体重をかけながらすり潰す。
横からうるさいけど。しーさんは初めてだから、どんぐりの固まりは残さないようにしてみる。

(粉々に。砂糖多め。焼いたら粉砂糖をまぶして、そしたら食べやすい)

「あ。甘いもの、大丈夫ですか。しーさんは」

「ちっとも大丈夫。大丈夫じゃないのは沙耶ちゃんのビジュアルかな」

「元気ありあまってる」

力が抜けそう。麺棒に体重をかけやすいのがせいぜいの利点か。

エプロンをつけて髪も結んで、手が滑ってどんぐりをこぼしても大丈夫にしてある。昔は殻を割るときによく失敗した。あと煮るのもよく失敗した。

時計を見上げて、まだ0時ではないことを確認する。

(繰り返し煮るのにけっこう時間かかっちゃった。0時になったら明日やろ)
明日も会社だ。しーさんとゴタゴタしていなかったら、帰宅してすぐにどんぐりの仕込みをやっていた。乾燥もオーブン焼きにしないで天日干しをしたかったところ。

「…………。そういえば、リス肉って甘いんだって。ドングリの甘さが肉質に出てるそうだよ沙耶ちゃん」

「…………へぇ。……なんであれ、食べてきたモノの味と質は、肉味にも骨にも反映されます。皮膚や毛にもです」

「あと、ドングリを食べる動物を見てたんだけどさ、どれもメルヘン。ドングリを食べてると甘くなるんだって目で見てたらかなりくるものあった。リス写真一枚で俺が発狂するようになったらどうしよだよ」

「しーさん。邪魔。邪魔のきわみ」

「俺、必死にくちしか動かしてないけど」

「ジャマです」

麺棒を持ち替えて、体重のかけ方を変える。

入念にスリ潰さないと口ざわりは滑らかにできない、それがどんぐり。

「…………」

「…………」

「……………………」

「……………………」

いや、無言凝視をされるのもつらい。

私が好きでしていることとはいえ、隣で汗をにじませて体重を使いながらすりばち麺棒と格闘してる私の姿見て、この男性は思うことはないのか? ギュ、ざりざり、すり潰していきながら、息がややあがる。
普段ならこれが楽しい。でも男性が棒立ちして真横でジーッと見てくるだけ、ってなると釈然としない。

「…………。…………沙耶ちゃん、タオル持ってこようか?」

「いりません」

(寝るか……)

そろそろ、0時、だし。
いや、ひたすら見下ろしてくる視線から逃げたいわけでは。そうではあるけど。

なんだか見世物、ショーかなにか? なんらかの提供品を強制的に披露させられているみたいな変な気分になる。居心地が悪い、その一言でも済む。

粉はまだ中途半端だけど。今日はもう店じまいでいいだろう。

「……これ、では明日。すりばちごとあそこの窓で干しててください。明日は焼いてクッキーにして、夜ご飯のあと、デザートに。せっかくなので焼き立て、時間は遅くなりますけどサクサクして美味しいです。ドングリの味、ちょっと変わってますけど甘く仕上げますから食べやすいはずです」

「縄文時代のおやつ」

「縄文から現代に戻れですよ」

「……んー、昼間っから考えてたんだけど……」

「??」

私のなかのセンサーが感知する。昨日から特に、ではあるけど。
しーさんの微妙なニュアンス、異常検知に特に条件反射が効くようになった気がする。思いきり嫌そうな顔をしてると思うけど。

しーさんは、でも、そんな私をじっくり見つめながら寝かせおいていたタブレットを指先で引き剥がし、恐らく昼間に検討しただろう画面、を、見せてきた。

テイクアウト画面。でも、これ。

「…………あ゛??」

「ゴメン沙耶ちゃん。これどう?」

お菓子を買わせて、買っていい? スーパーで子どもがねだる。
そんな可愛さ、しぐさ、顔つき、しているだけに凶悪さが昨日よりぶっちぎりだ。

しーさんはちょっと照れて甘えるみたいな感じ。その温度でコレを出せる神経の図太さ。

「そのさ、俺なりに解決策を練ったんだ。というわけで今からここにデリヘル呼んでいい??」

「どこをどうしたらイイって判断が出ると思えるんですか!!??」

「お願い、ダメ? ちょっと買うだけ」

(ばっ!!!!)

「……、……っあほ!!」

「あ。バカって言うまい沙耶ちゃんシリーズ。かわいい♥♥」

バカでアホだ。どうしろと!!



END. 

読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。