屠殺ラブスト2-16(最後のほう改稿)
(襲われる……、性的……な、やつの流れだったのでは?)
こんな疑問を私の方が持つ、とか。
話がおかしすぎるんですけど。
でも、そうだった気がする。
しーさんは複雑そうに表情をゆがめて私を見つめてる。見下ろしてる。私、これでも160cmは越しててまぁ162cmだけど、しーさんは179とかぎりぎり、180cmではないくらいだろう。至近距離となると私は顎を上げなくてはならない。
虫入りのどんぐりが汗でぬめつく。……いや? いや、助かった。それはそう。
でも、なにこれ。なに。
私、思わず、顔に出ていたのかも。いや襲われるのは冗談ではない。このどんぐりを眼球に叩き込む。いやそれは過剰防衛になって逮捕されるからダメだけど。
しーさんは、なんでか私こそ悪いことをしたみたいに、慌しげに目を瞬かせた。
「ああいや。沙耶ちゃんが俺に釣り合ってないとかそんなことはぜんぜん。釣り合ってないのは俺だから大丈夫。何も大丈夫じゃないな。まぁでもちがう、違うから。沙耶ちゃんが今感じてるそれは絶対に違う」
「……暴漢を心理的にやってるんですか……?」
「ちがうって。えーっと、あの、沙耶ちゃんに手ぇ出したいのはそりゃ初日からだよ。俺沙耶ちゃんが好きって言ったよね。女として見てるんだから当たり前だろ」
「……いえ……出て行け、とは言いますけど。けど……。……何ですか今のは?」
「いや! 勃たないとかの話はしてない!」
「誰がそんな具体的に言えと言いましたか出て行けってでも何ですか今のはいきなり紳士ぶったんですか? 不法侵入者が? 女がとうとか言って人様の腰を撫でたあげくに体を押し付けてきたセクハラ男が今さら常識に目覚めたんですか?」
「勃つよ!! 勃つって!! 沙耶ちゃんまずいからそれ以上はいけない。手を出された方が嬉しいみたいに聞こえるからほんとまずいつまりオッケーてことセフレからやり直すのにまずは合意ってことそりゃ有り難いけどそれ、俺そもそも、っつか、だから手を出してなかっただけで…その、何というか」
「変態がごちゃごちゃうるさいです」
大声を上げてから、確かにこの流れというか。この変な気分の悪さ、まるで手を出す場面で身を引かれたことに怒ってるみたい。
そんなではない。
ただ、無法の塊のこの不躾な男、やっぱりとても腹が立つ男だ。だから私は怒ってるだけなんだけど。
「何も初めから合意なんてありません。手続きに必要だったから戸籍をあげただけじゃないですか!!」
「そこが普通じゃないよ沙耶ちゃん。俺に好意がある、つまり好きってこと? セフレからやり直してもいいほど」
「ち、が、い、ま、す!! そのセッてやつやめてください!」
「セフレ。言ってみよう」
「さりげなく人から性的搾取をしない!!」
「うーん情操教育。いやァ……沙耶ちゃん、ここで怒るのはさ、意味がすんごい重くなるマジ……いや、赤くならんで、いや性的に耐性ないのは万歳だよありがとう。赤面沙耶ちゃんを前におっ勃てない、それがさ、俺にすると努力しかないし俺がそこらの馬の骨とは違うから成り立ってるだけでね。うーん情操教育パンチかなこれ。殴るのやめて。いや殴ってもいいけど勃つ……あ、やめるんだ?」
「腹が立つ男ですねしーさん。出ていきますか!!」
しーさんの胸元を平手でべしべし叩いたのはつい感情的になったからだ。何から何まで腹が立ってきたし、顔が暑いし。最悪。
「うう〜ん……。……処女妻にはキッツい……ッて、これ考えないように毎日、宇宙とブラックホールを考えてるんだよ俺は。代償行為だよもう。いや堕とす前提ならそりゃ抱いてるよとっくに。初日アウトだよ沙耶ちゃんは」
「警察に電話するとしーさん、広域ヤクザでも24時間ぐらいはうちに帰ってこれないのでは??」
「俺ともども死ぬよ♥ 心中するならやっぱここで今セックスする♥♥♥」
「消えてください……」
額を突きつけてきても、脅されても、今は怖さよりも腹立ちがまさる。
そもそも、そう。このひとも人間だ。異常だったり怖かったりしているけどでも所詮は屠殺する家畜とそんな変わらない。解体するうえでの急所を頭のなかでおさらいしているうち、しーさんが、そもそもの微妙そうな複雑そうな、よくわからないアンニュイな表情に戻っている。
(寝てもいいかな……)
もう。寝たい。この人はよくわからないけど男性機能としては無害ぽいので放置していいかな。明日、月曜なんですけど。
私が体の温度を下げたのを、しーさんはいちいち過敏に嗅ぎつけた。
「ま、あ。沙耶ちゃんを女として見てるしセックスしたい。したいでーす。ここは大事だね、勘違いはされたくないかな」
「……寝てもいいですか?」
「待って。ちょっとこれ、……触って? もらって、いい?」
「…………ばっ」
バカ、こいつバカ。
おもむろに、断りもなく、スウェットを下着ごとずり下げて、しーさん、が。何やらいじくって、私の右手をわしづかみにする。
ベッタリと掌を持っていかれた。
右手。私の手。ボクサーパンツに指先から手首まで密着させ、ら、れて、いる。
(ばっっっ、……!?)
…っ、…………??
「…あ。固まった。えーっと、んー、沙耶ちゃんを安易に抱けない理由、コレね。ピアスついてるでしょ。あとコッチ側にもついてる。先っぽのクロスで2つなんだけど4つとも数える。で、コッチ側ので5つ目、これはクリに当たる位置なんだけど解る? 女の性感帯に当てる為だけのやつ。俺って仕事のうえで顔を餌にするでしょ、んで体もドラッグ代わりにすぐ使えるようにコレしてる。手っ取り早いんだよ。先端のクロスピアスはこれ、コツはあるけど病みつきにさせられるよ。ああ尿道貫通はしてない、排泄の面倒まで仕事で負うのは面倒だった。解る? ほら。あと何より、これで俺がオナニーもできる。挿入しながらさ、ピアスでくちゃぐちゃさせる。誰を相手にしようがどんなシチュだろうが俺は気持ちよくなれる。便利なんだよ。……コレ、外すこともできるよ、まぁ、昔っから……中学生んときにはもうつけてたかな……馴染みすぎてはいるんだけど。でもそれ置いとくにしても外すなら医者が必要になるんだよね。でももう医者も無理だろ? で、処女の沙耶ちゃん、処女のコにさ、ハジメテでコレを突っ込むのはだいぶムリあるよなぁーって初日から俺は悩んでてさ。いつかはやりたいけど」
「……」
「沙耶ちゃん。沙耶ちゃーん? …………。……沙耶ちゃん♡ 沙耶ちゃん♥ 起きた方がいい♥♥ 快楽堕ち、仕込むか壊すかするなら処女でもヤッてきてるからさ俺は。マジ命の危機になりかねない今そんな顔をずっと見せられるとダメ♥♥♥」
「…」
ひゅ、っ、て、音を立てて、る。喉が。
手をシュッと上にふりあげて、背中を向けて、視界をブツ切りにするだけで酷いめまい。
よろけて、ヨロヨロ、ベッドにしがみついていると、後ろからしーさんが声をかけてきた。なんか楽しそう。最悪な害虫、どんぐりも貫通するやつ、虫入りどんぐりよりよっぽど凶悪な害虫がうちにいた。やば。死ぬ。嫌、もう、目が死んだから今日はもうむり死んだ…………。
「沙耶ちゃん。もう寝るの。どんぐり、浮いてるやつ捨てとくよ」
楽しそうな声しや、が、……あ、だめむり。
「……寝てるってか、気絶……??♥ わぁ。危ないからね、沙耶ちゃん。襲われないように気をつけてねこーいう事情だから♥♥」
まぁ、もう抱くけどさ、すぐ真後ろから声がする。さすがに全身が跳ねる。ビクンとした。
しーさんが脇の下に両手を入れてきて、猫を持ち上げるみたいにして、私の全身を伸ばしてそれからベッドに転がして寝かせる。あおむけに。
多分、見上げてる、私の瞳は、この世でいちばん邪悪な生きものを見てるとか、そういう類、よくないものを凝視する目なんだと思う。
しーさんは、面白そうに。
くるね、とか呟いている。
「……そんな目で見ないで♥ おやすみ、沙耶ちゃん♥♥」
「ひい」
左頬に当てられたもの、キスとか、そんな軽い表現で済むものでは、無い……。牙を立てられた、かん、じ。
……殺される。
END.
読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。