削られてゆく話(海)

連綿とつらなる家系から受け継ぎ、少年には霊感があった。海に入りたがらない。小学、中学の行事で臨海学校などがあると非常に憂鬱だった。なにかしら理由をつけて海に入るまいとするが、中学2年生の担任は、頑固で意固地で、プライドが高かった。少年は海パンを履いてから体調不良を訴えたが海に追い払われてしまった。

悪態をつき、少年はしかし、海は見ない。

海辺ではクラスメイトたちが波と遊んで海水をかけあうなどしている。少年には良識をうたがう行動だ。

なんせ彼には『視えて』いる。

悪霊、悪鬼、類する邪悪なもの。海は特にきらいだった。海の彼らは体のどこかしらが欠損して、特に下半身を無くしていることがほとんど。ぬぼぉんと、下肢を喪ったかかしが立ち並ぶ。人魚の亡霊のようにして。そんなところで泳ぐなど、とてもできない。

海を前に本気で顔色をわるくして茫然自失していると、ようやく、担任教師が折れてくれた。真っ青な顔してるんじゃない、後ろで休んでろ、と、叱りながら。

少年は海に一瞥を送って、臓腑をふるわせ、下半身のない幽霊悪鬼たちに背を向けた。海の幽霊たちは、ほとんどが腐乱していて、見るに耐えない。忍びない。ただ、少年が背を向けると実は海の幽霊たちは一斉に彼の背中を見た。背骨を、体内に流れる血を、凝視する。

少年が『視えて』いるのだから、悪霊悪鬼とて『視えて』いた。

少年の連綿とつらなる家系は、多産ではあるが、早死の多い家系でもあった。背を向けた場合の致死率なんてものは少年には知るすべもなし。海の幽霊たちは、少年のまっしろな頼りない背骨を見つめて、その眼差しの恐ろしさと冷たさは、骨をも凍らすほど残酷だった。少年の天寿はこうして削られる。日々、刻々と。波が岩を少しずつ削るがごとく。日々、日々、魂は『アレら』の視線に晒されて摩耗消耗劣化をたどるのだ。

少年だけは、まだ知らない。自分の運命を。アレらはやがて少年の行き着く未来であることを。まだ若い少年はぎんぎら太陽に日焼けをして、若さがゆえに無謀に『死』にその身を晒す。そうして、そうして、少年は『削られて』ゆく。削りきられてしまえば、死体が残るのみである。少年はまだ知らない。



END.

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海老かに湯
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