屠殺ラブスト2-13-0
(……死んでる……)
沙耶が近ごろの避難場所にしている、古いほうの解体部屋。
使用禁止エリアだろう。気づいた日に社長に言っておいたから、もう沙耶ちゃんの専用スペースにはなっているが。
咄嗟に思えたことは、ああ、ムダになったかな。
自分に驚くほどあっさりした感覚だった。
てっきり、なにやらもっと。もっと執着心がなにやらあって。この女の瞳のせいだろう、心に引っかかるモノがあるから。
だから、手を出しているだけで。
ああ、死んだら死んだで、それでいいのかボクって。
(なら大したことなかったな)
ドアは閉ざして近寄る。当矢沙耶は、解体に使われていたテーブルに突っ伏して、スマホとイヤホンを傍らに転がして微動だにせず銅像みたいになって固まっている。
顔がこちらを向いて、くちはあいてて、まぶたはおろして、ぼけっとして。苦しみや悲哀はなく、突然死とはこんなに安らかなものかなと疑問にもなれた。
指を口元に持っていってみると呼気がある。
寝ている。
「……貪るように死んでる……ように見える。寝方、びっくりされないか」
呼気はある。しかし体に動きがないから就寝時の呼吸が酷く細いのだろう。入院の患者でならこんな寝方をする人間もいる。例年の健康診断では不調はなく、貧血の傾向があるくらいだった。
解体室のそれもテーブルに堂々と頬を押しつけて抱きかかえるみたいに、眠れる。この女。
(……度胸あるのか、無神経が……極端で……サヤチャンが生意気でいられる理由かな)
髪に指を通してみると黒髪はサラッとしてハリがある。馬の尻尾が連想できた。髪の毛を人差し指と親指にはさんでスルスルさせていると、本体にやや変化があった。
相変わらず、微動だにせず。死んでるように身動ぎしない眠り方をする。
でも、表情だけは、眉をしかめて生気がよみがえった。
「……」
頬に指の第二関節を当ててみる。体温が低い。ひんやりしている。
(死んでるなやっぱり)
……クセの強い寝方……。
ただ、でも感度が生きている。
頬をさすっていると、不愉快そうに眉を寄せて、次第に「うぅ」など唸った。さっきまでのぼけっとした表情が変わって、青ざめて悪夢に悩まされてるふうに、冷や汗している。
(こうすると生き返るって? ゾンビか、お前は)
触っていないと死んでるか生きてるかもわからないなんて。一緒に寝るやつがいたらどうする。客がいたら度肝を抜かれるし通報とかされる、仕事が増える。
この子、これじゃ店では使えないな。
使うことはない。
そう、だから。
ボクが会いにきている理由は、新しい金儲けや仕事のパーツやら。そんな、理由ではない。それだけは、不確かなこの静謐のなかでも確かなものとして。冷たい体温と、不機嫌なしかめっ面と冷や汗と、頬をさすっているうちに指先が暖かくなるからボクも同じくらいに体温が冷たいことを思い出していきながら、ボクは、この時間の主役である、よくわからない女の子を、耳を澄ませて五感のすべてで感じていく。すぅとした息は、静かで妙な愛嬌があるかもしれない。
でも目が閉じている。
透かし見るよう、眼球のカーブのあるまぶたを覗き込んだ。
(……本当に死んだみたいによく眠ってる。……帰る、か)
暖まった指の関節部を、眉間のシワにくりくりと当ててみても、沙耶は起きず、ぴくりともせず、死んだみたいな寝相のまま、だった。
(にしても、……イヤな寝方するわ、この子……)
これでは、実際に死んだとき、寝ていると勘違いをしそうだ。
まぁ触っていれば確かめられる。
ただでも、心臓が気味悪くなるよ。沙耶ちゃんは。
怖いという感情を知っているような知らないような、それがこれなのか。ボクは不安もろくに覚えないから。実際には。
解んない。
解体されても、理解んない。
END.
読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。