ましゅもちくっしょん


『人魚姫もメロメロ!マシュマロもちもちクッション2500円!』

 マッキーで描かれていた店員さんの可愛い手書きフォントを思い出し、ミカはうりゅうりゃと自らの頬をマシュマロもちもちクッションとやらに押しつける。期待通りの反発力が頬にはねかえった。

「ん~……。ああ……!」

 風呂に入り、化粧も落とし、ベッドにダイブしてからのゴロゴロタイムである。巨大なアザラシ型の抱き枕にねそべって鼻をうずめてふんずふんずと呼吸して、ミカは右へ左へと体を反転させる。期待通りの抱き枕。もちもちっとマシュマロテイスト、もっちりとしたクッション!

 ひとりぐらしをしているミカだが、実家にいたころから人形が大好きで、ベッドのまわりは人形がとりかこんでいる。実家から連れてきたものが17体で、あたらしく買った子は、この子がはじめてだ。俗に言うブランケット症候群――幼い子がぬいぐるみに愛着を持ちすぎてそれがないと眠れなくなるほどに依存してしまうこと――なのである、が。
(こんなんなら、ウチにくわえてもいいかな? ねぇみんな)
 ほかの人形たちに確認する。いいよ、いいよぉ、人形たちの返事を独り言のように口内でむにゃむにゃさせる。

 クッションにへばりつきながら、ミカは早速、眠りに入ろうとしていた。夜よりも深く、朝よりも早くあっさりと深淵の淵へと落ちた。起きて、抱き枕を両手両足と瞳で確かめて、ミカは堂々たる満足感から溜め息する。

「はぁっ! 良い寝心地!!」

 もっちぃ~~~~!! と、全身でクッションを堪能する。抱き枕に四肢を絡めてまるでタコだ。ミカは、目をこすりながら、昨日の雑貨屋さんでのポップをまた思い出した。
『人魚姫もメロメロ!マシュマロもちもちクッション2500円!』

(人魚姫は、足がないのに?)
 こうやって抱き枕に足を絡める。不可能だ。
(この子、海んなかでももっちりもちもちなのかな?)
 手でもふんもふんもふんマシュマロクッションをもてあそぶ。空気が存分に注入されている感覚だ。

 大好きなメルヘンの世界観にひたりながら、しかしミカの頭のどこかが生真面目に返答した。大丈夫、人魚姫なんかいないから。心配するひつようなんてないんだから。
「そういう問題じゃないんだよ」
 ミカは、頭の生真面目な部分に即答してみせる。そう。そんな問題ではなくって、ミカは、人魚姫やら抱き枕やら人形やらと会話をたのしむ、ひとりのこの空間を楽しんでいるのである。ブランケット症候群なんて卒業しなさい、と、実家の母などには口を酸っぱくされたものだが、とんでもない、とミカは思う。

 この夢の時間がなかったら、ミカは、どの時間をよすがにしてどう生きればいいのか、見当もつかない。ミカは自分に言い聞かせて今日もメルヘンの世界に溺れた。明日で29歳になる。




END.

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海老かに湯
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