屠殺ラブスト2-13
「こちらの球根、これは漬物によくしてますけど、しーさんはピクルスって好きですか? 甘酢けにしておきますか? ゆで卵を一緒に漬けても大丈夫ですか? 初めてでも食べやすいのは甘酢けかな。らっきょうみたいになります。ヨモギは下ごしらえして明日から。こっちのそれはギシギシです、まだ食べられません。処理して中身を食べます」
「ぎしぎし」
「はい。ギシギシ。そういう名前の草です。土手から採取しました」
「ギシギシってもっかい言ってもらえる?」
「はぁ。ギシギシ、初めて見ます? どこにでも生えてますよ。ギシギシ」
「助かる……」
「はぁ。あ、洗い方いきなり上手ですねしーさん。そうそう泥を落とすんです」
「ギシギシの泥を落とすね、うんうん」
「…………、…?」
笑った顔のまま、なにせ久しぶりの軍手まで嵌めて野草を引きちぎっての野草集めをやってきたから! たのしい。笑ってしまう。でも、反応が薄すぎるしーさんが不思議になって見上げると、視線が噛み合う。
しーさんは無で、表情筋が死んでる。
「……洗って、ぎしぎしは、どーするの……? かな」
少しだけ首を横にさせて、なにやら私には注意を盛んに払ってるみたい。泥とか草とかが苦手という……雰囲気では、なさそう。
「…………よく洗って……薄皮、わかります? 剥がして水に一晩ですね。ギシギシは明日にしましょ、おひたしに」
「薄皮ってこれ、ここ……かな、……えっっっっろくないかな……」
「ニオイですか。えっぐいですね。苦味のもとなんです、そこに含まれてるの。下ごしらえが大事です。……しーさん、草の匂い、もしかして大嫌い……とか?」
「……いや……? ……いやたぶんこれこれから大好きになるしかないんじゃないかな……?」
「はぁ。……あ、草だからって不味いって決まってませんからね? 天ぷらにしたり和えたり炊き込みご飯にしたり、すごいんですよ!」
「沙耶ちゃん俺別の意味で草生やしそう」
「どの意味で!?」
「わからない……」
「しーさん、さっきから変ですよ」
「俺もそうだろうと思うよ」
ため息を吐いてアンニュイに、ギシギシの薄皮をむきむきしている、しーさん。
水を入れ替えるように教えた。
「そうだ。しーさんのエプロンも野草の買わないとですね。こっちを手伝ってくれるなら泥だらけになっちゃいますから」
「沙耶ちゃんはいつもこの後はお風呂にしてるの?」
「はは。です。見てください、ツメのなかが真っ黒! ちゃんと落とさなきゃ。さっき、河原と土手でむしってきたから髪も泥まみれになってませんか? 土の匂いしますよね」
「…え、嗅ぐ流れ? 嗅いでいいの」
「しません?」
「まって。情報処理が追いつかない。っつか沙耶ちゃんがおかしいよ。さっきからにこにこして何なのキミは」
「ふふふふ。しーさん、こうなったからには手伝っていただきます。まぁ趣味なんですけど、野草の処理であっという間に寝る時間になっちゃうこと多くて。覚えてもらいますからね。野草と、あと木の実……。そうだ、夕飯は炊き込みご飯と梅干し、シロナメツクサでお味噌汁、あと卵をゆで卵……漬物が用意できてないからどうしよっかな。草のニオイは気になりますか? 草にえぐみ残ってても私は食べちゃえますけど、しーさんは初めてだからもっと優しい味にした方がいいですよね」
「や、沙耶ちゃんについてく。好きにして。なんでもどうぞ。好きにやりたい放題してみていい。ついてくしなんでも食べれるし食べたい」
「そですか? じゃあ……んー、どれを……あ〜、たんぽぽ! 天ぷらにしましょっか! 美味しいんですよ。外来と在来で味がちがってて、在来種の自生なかなかないのでおじさんにいつも助けていただいてるんです。それに、たんぽぽの花の天ぷらってあと、可愛いんですよっ」
「…………。……カワイイね、うん。間違いなく。さっきから出て来る謎おじさんは不要だなってぐらいの問題だよ」
「何言ってんですかおじさんがたんぽぽをくださってるんですよ」
「もしかして俺ってそのモブのおじさんより好感度が低いかな」
「はい? それはそーですよ。おじさんには上京したての頃からお世話になってますからね」
「……よかった権力なくて舎弟がいない設定になってて……。あやうく殺しかねないから沙耶ちゃんやめよう♥ その話はやめよ?♥」
「たんぽぽを食べたら世界が変わりますって。待ってください、野草なので。処理と下ごしらえに時間がかかるので、今すぐとか出来なくって。あ……ああ、そうだ。コッチが長いんですけどせっかくなのでしーさん! ちょっとギシギシ置いてもらっていいですか? ボウルに水を張って。そっちのおっきなボウルです。公園にも寄ってきました、私。コレッ、見てください。いっぱい採れたんです」
「…」
言ったとおりに指示をこなして、しーさんが目尻をひくひくさせている。さっきから、表情筋が死んでるのはそう、でも妙だった。
「沙耶ちゃん。……ドングリに見える」
「どんぐりです」
玄関に置きっぱなしにしておいた袋をひっくり返して、しーさんが用意したボウルに、ころころぼたぼた、流していく。
ツヤツヤのどんぐり。
イイ色をしてる。つぶもおおきい。
「…………どんぐり、……?? ……どんぐりも天ぷらにする……??」
「あはっ。まさかぁ。殻が固くってムリですさすがに。コレはですね」
声がうきうき弾むのが、わかる。
さすがに。この趣味は、新潟でも誰かにしゃべることはなかったし。教えてくれた母さんももういない。東京に来てからは野草仲間のおじさんに差し入れをするくらい。工程の話やら味つけやら、話をする相手はいない。
しーさんが初めてだ。うちにまで押しかけて来たせいだけど。
(……喜んでもらえ…る……てる?)
離婚で決まりなのだけど。
この趣味が理由で……、貧乏くさいとか……、汚いとか……、ありえない、とか。
そう、心を決められるのは、やだな……。そうは思えた。
「…………」
「…………、…!?」
私たちはよく互いに目をまじまじと見ている。
でも今回は、しーさんが、自分の手を前に差し出して、私の視線をさえぎったうえで、自らの表情は誤魔化そうとした。耳が赤らんでいた。
「……沙耶ちゃん……、リス!?」
「えっ。……え、ああ。これどんぐりは。リスの餌じゃなくて……これ、焼いてクッキーにします」
「くっきー」
しーさんが顔を上げて、慌ただしくも正気かこの子、という顔と物言いだ。
少し、胸のなかが揺らぐ。不安になるみたい。この人が相手でも。
「どんぐりのクッキー……。えと、作るのに3日間くらい必要ですけど。なかなか楽しいんですよ……? 味、独特で。苦めにも甘めにもできます……。しーさん、どんなクッキーなら食べられますか?」
「お、おれ。おれ? 俺?? 俺にきいてるの沙耶ちゃん。初めてそういうふうにきかれてるんだけど今。どんぐりのクッキーがそんなに大事なの沙耶ちゃんには?」
「え、だと。私の好きな食べもの。おやつなんですけど。変です、か」
「いや!! ぜんっっぜん変じゃない。ただリスっていうかうさぎさんっていうか待ってさっきからダメだ俺もう限界さっきからダメ、ああ沙耶ちゃんそんな目しないで大丈夫、沙耶ちゃんが草食ってどんぐり食べるのすごくいい。メチャクチャいい、これ俺の問題だから」
「……さっきからしーさん、挙動不審なんですけど……。……本当に幻滅しました?」
「できるわけないだろ。待って。宇宙について考えてる。ブラックホールとか土星の輪っかとかここに来てから俺もう何万回も、つーか沙耶ちゃんが部屋にいるときは大体宇宙のことしか考えないようにしてるんだけど宇宙広いからさそしたらさ俺の性欲なんてゴミ屑になるだろでもドングリは卑怯だ。過去イチ卑怯でずるい。それはまずい。ブラックホールにすいこめない。ドングリかァ!!」
「…………?? 食べないですか。まぁ公園のどんぐりは」
「食べます!!」
「は、はあ」
「それどうやったら食べれるの? ドングリで宇宙を埋めてみるようがんばるから教えてもらえない今すぐ!」
「え、と……? 水につけて。中身がダメになったやつ、虫がなかに入っているやつが浮いてきます。どんぐりのなかに虫がいるって凄くて。カッコよくないですか?」
「カッコイイ。おもしろい。死ねる。そんで!?」
「明日か明後日にお湯で煮ます。様子を見て4、5回くらい……そしたら、皮が剥けるようになってきますから、中身を出してまた4、5回くらい煮て」
「めっっっっっっちゃくちゃメンドくさいね!? そうまでしてドングリ好き!?」
「え、と、まぁ。しーさん、大丈夫ですか? まだまだ下処理ありますよ」
「まだあるの!? 死んじゃう! そんで!?」
「天日干し。あとオーブンで焼いて様子見ながら完全に乾燥させます。そしたらすり鉢で、ずっとえんえんとごりごりして粉になるまで潰して」
「工程なっがァ死んじゃうなあ俺が!! それで!? 次はどうなるの!?」
「……好きな比率で小麦粉まぜて、砂糖とか加減して好きな味つけにして、ここまできたらクッキーです。フツーにクッキー焼きます。どんぐりクッキーのできあがり」
「死ぬ!! …ッ美味しそう!!」
「ほんっっっとに、そう思ってます……?」
「死ぬのはマジで思う! ドングリクッキー死ぬほど楽しみ! 生きる希望ができた。初めて食べるけど大丈夫かな、野生児じゃないと腹壊すとかないよね??」
「死ぬほど失礼なことまでくちばしってますよしーさん。なんなんですかさっきから」
「俺が死にそう」
「ちょ、な、なんですか、いきなり」
どんぐりが沈んでるボウルを、体ごとゆらゆらさせて置き場所が無いから床に置いて、謎い行動してると思えばいきなり抱きつかれている。
しーさんが腕力を使っている、それが痛いから分かった。
「ちょっ」
「あのさ、……やり直さない……っ? いや、離婚はしないし、結婚もしてるし事実婚もするけどそれはそれで一旦、置いておいてさ、あの」
「な、なんの話にいきなりなってますか」
「セフレ、なってみない? 俺とりあえず死ぬ、もう無理だ、ダメ」
「…………っせ」
「セフレ。意味わかる? 沙耶ちゃんに気持ちが無いからまずは体だけでいいから」
ねっ、ね? など。抱きついてきたうえ、私の髪の毛。ポニーテールにまで手をうずめて。下顎を、押し上げられてしまうと、しーさんの瞳しか見えるものがない。
「……………………」
「……さ、沙耶ちゃん……っ? ちょっと。目を見開いたっきり固まんないで。進めていいってこと? ヤるけど?」
「せ、」
「セフレからいい?♡ よかった♡♡」
「……正当防衛で刺して逮捕されない範囲ってどこまででしたっけ……、たしか、太もも刺すとかは捕まるような」
「あ。俺相手なら殺しても大丈夫。安心して。セフレいいってこと? ねえ」
「刺し殺していいってことですか? 誰がなるか今すぐ出ていけ」
「ダメか。ドングリのクッキー食べたら襲うかも。よろしく」
「刺し殺してもいいんでしたっけ!? 離せこいつ!!」
「ごめん今晩は俺そこらの床で寝る、今日は絶対にダメだもーーーームリッッ、無理ですごめん沙耶ちゃんもう俺限界の限界の限界のげんか」
「は、な、せーっ! ちょっとぉ!!」
私の肩に額をくっつけてきて意地でも離れようとしない、こ、この一時預かりのやつ。
スゥ、とか、首筋を嗅いでる呼気やら聞こえてきて、今の生活の異常ぶりを思い知らされる。こ、この男、この男性、本当に本気でどうにかしている。私に対して絶対的に何かがおかしい。
(て、ゆか、重!!)
体重をかけられると、抵抗すらうまくできない。もしかすると刺すしかない??
ただ、しーさんは、思う存分に匂いを嗅いだら、自分から私を離した。めまいをこらえるみたいに、して、手で顔面を抑えつけてる。
てっきり、謝罪かと思った。ちがった。
「……セフレやっぱダメそうかな……」
「襲ったら刺しますからね、合意のもとでっ!! あっ、誓約書あれば私大丈夫になりますか!?」
「いや俺を刺し殺しても捕まらない……あー、うんでもあった方がいいかもね。あーでも組になんかされるかもしんないからやっぱ俺を刺殺するのはダメかなそれだと沙耶ちゃんが危なくなりそう。まちがいなく高く売れるもん。俺なら全財産でセフレになる。ダメ? ちゃんとやるから。きっちりやるから」
「やめてくださいそういう話!? しーさん!? ボウル!! 草!! 洗ってて!! ボウル!!」
「わかった……」
様子がおかしすぎるしーさんは、指示を投げると従順に動いた。のそのそ、足どりは重いけど……。
冷や汗を拭って、私はエプロンを正して、……次の下処理。行動が。でも私の方こそ分からない。なんなのほんと。
(通報ができない、って、不便)
ここ、地元の田舎じゃ、ないのですけど。いや東京の田舎だけど。
しーさんは、どうかしてて、私が固まっているのを一瞥すると、もう数分前が嘘だったかのように「それで夜ご飯は炊き込みご飯だっけ?」と。
「どの草使うの。教えて」
「……そっちの……ドクダミで……、え? あ、毒なんて入ってないですよ。名前がそうなだけで。駆除になる雑草なのでそういう名前がついてるだけです」
「なんだ。さっそく毒殺されるのかと思った、一瞬」
いやこの男、数分前のことちゃんと分かりきってるうえで、平然としている。承知のうえで普段どおりにひとりでに戻ってる。
……東京のヤクザ、怖……。
いや個人の話?
しーさんって怖。しーさんが怖。なんかもういつもの話って思えてくるけど。
心臓ばくばくして、痛……。
END.
読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。