屠殺ラブスト2-28
「制服は兄のしわざです。主犯という表現が、正しいかはわかりませんけど」
「実の兄?」
「……ちょっと、ちがいます。よくわかりますね」
「男の気配しすぎだから」
ふりむいてしまうと、しーさんは、昔見たときの……なんとも言えない凄みのある目の据わり方をしていた。
私の喉がひとりでに固唾を飲む。
耳鳴りは、した。思い出すこともなかったはずだ。捨てた過去。
(……あなたがここに来たせいで……)
そのお怒りの責任は、私ではなくて。
(好きだなんだと来るせいで)
睨んでくるこの男性、自身にあるのでは。
指摘したくもなるけど、不適切に感じるので言わない。
私たちは、恋人でもなんでもない。
「当矢の家……から話しますか」
「ああどうぞ」
(私に冷たくされても)
理不尽な。
でも、こんな話、いい気はしない。私を好きなら。
本当に、好き、なら……?
「アタヤは、みんなが苗字をつけられる明治になってからでも、この家系に女が産まれた場合、全員がアタヤという名をつけられていました。女は皆、アタヤです。でも戦後の混乱に改ざんして、アタヤは苗字ということにされたみたいです。風潮といいますか、時代の波といいますか。歴史をひとつ、消したんです。村も役所も承知のうえで。アタヤの家には口伝で残ってましたけれど」
「……そのアタヤはなに、公衆的に女を使われるとかそういう……」
「肉便器ではないですマンガの闇の組織みたいな考えをしますよねしーさんは」
「生粋の闇社育ちなもんで」
膝を立てて、しーさん、なんだか立ち上がれる姿勢を取っている。ように見える。
片足は広げてあぐら、だからまだマシだけど、今はそれ、危険に見えるのでやめてほしい。
首の後ろがひりひりしている。
くちびるが、乾く。
「アタヤは生贄ですから。供物ですから。大切にはされてて。アタヤを種付けするのは、相応しい家系の男たちでした。誰でもは駄目でしたよ」
「その単語、そっちのくちから、聞きたくない」
「反社会勢力の人間なのでは」
「それとこれ別だ」
話している内容はもう過去のもの。この緊迫はしーさんのせいか、私の緊張のせいか、区別がつけられなかった。
冷たい汗を背中に覚える。視線が、痛い。突き刺さる。まっすぐに私を凝視している灰色の瞳が獣にちかづいている。
「……矢が当たった家は、生贄を差し出さなればならない。この風習はわかりますか」
「日照りとか。災害のやつ」
「そうです」
いつから始まったか、それは、家にも記録が残っていなかった。
アタヤは、歴史の大昔のどこかで生贄が必要とされたとき、村長が弓を引いて矢が家に当たるまで繰り返す、そのときに命中した家の、その家族がはじまり。
生贄はいつも、アタヤの家のアタヤから選ばれることになった。
風習はつづき、アタヤたちは、必ず何人かが用意される必要があった。生贄と、その後の生贄と、さらに家系を保つ繁殖に。
アタヤに父親は要らなかった。子どもは、必要とされた。
(男の気配がする、か)
それは、そう。
恐らく、いや殆ど確実に。
こんな制服まで着せられて手入れをされて管理をされて。
あのまま、新潟の片隅のちいさな田舎。
ふるさと。あそこで。
流されるまま、高校生になっていたら。
私は今ごろ兄との子ができていただろう。正式な婚姻などできない、中学生の頃に思い知らされた。
誰とも結婚をせず、未婚の母になっていたはずだった。
「私が、あの村のアタヤの最後です」
この制服、私につけられているマーキングだった。
END.
読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。