潮騒の彼氏彼女の事情
「ぼかぁ、どおしても海から美人があがってくるなんて、想像できないね」
修学旅行先でわたしたちは宿を抜け出して海岸線を見つめていた。墨をこぼしたほどの海。黒海。
砂浜も暗くて、ざざん、ざざん、闇の奥から聞こえる波音はそれだけで怪奇現象のようだった。こっそりと抜けたわたしたちは、懐中電灯はもたず、たまにスマホの起動画面で明かりを作って足元や方角を確認した。
「あ、ヤドカリ。ヤドカリいるよ」
「昼間さぁ、蛇姫の伝説ある池あったじゃん。ぼかぁ、水から美人が出るなんて、ナンセンスの極みと思うわけ」
「ヤドカリ、かわいいよ?」
「ぼくの話、聞く気ある?」
「ん〜〜。童話なら、人魚姫レベルでしょ。誰もマジになってないんじゃ」
「おまえは冷血女か? 乙女じゃねえ」
「むっ。ヤドカリをかわいがってる乙女を堂々と無視する唐変木が言うかね。リアリティを言ったらどんな妖怪も死ぬわ」
「海に出る、水から出るのはイイんだ。ただそれが、人間の美しい姿、ッていうのがおかしい。水死体はとても醜いんだよ。ぶくぶくに水ぶくれして溶けたような死骸になるわけだ。水中にずっと浸かってる化け物が人間の姿としても美人ってのはご都合主義すぎる」
「河童は? カッパならいいの?」
さくさく、音を立てて砂浜を先導する男が小難しい顔つきをする。明かりがなくても幼なじみであるわたしたちには見えた。
「……カッパは多分、水をはじくんじゃないか? 合羽(カッパ)とかあるし」
「なんとも、いい加減ですな」
「美人でなければいい。だぉれも、水の怪異を全否定する気ィなんてない」
「さいですか、部長」
わたしたちは、手芸部という名のオカルト研究会にして、オカルト研究会の部員はたったふたりだ。昔からふたりでこの部活をやっている。だから、夜に海にだって来る。
わたしより誕生日が二週間ほど早い、年上の彼は指を立てて水死体の醜さを語った。
ざーん。闇の音。波のなきごえ。
晴れ晴れとした気持ちで、晴天の下にでもいるような心地でわたしは海に目を凝らす。
「う〜〜ん。イイ天気。いい夜だね」
「ぼかぁ、こんな夜こそ無気味な連中も月光浴とかしてるとイイんだよ。ただし、美人なのは」
「ダメなんでしょ。でも、神様ならイイんじゃない? 水神様」
「神様が人間の姿をしてるッてのも、傲慢で嫌な考え方だね」
「部長は好き嫌いが激しいですなぁ〜〜」
まぁ、いつもの事だ。わたしたちは幼なじみ。昔っから、怪談とかオカルトとか、そんなのが好きで気が合う。友達にはカレシ? なんて聞かれるけど。
今はまだ、ちがうんだな。これが。今はまだ。
「でも部長、わたしも海からあがってくるのは醜女の二目と見られぬ女のほうが好きだな。そっちのが助かるよ」
「奇怪な言い回しをするなぁ」
「まばゆい美人だったらほら、部長、惚れちゃうんじゃない?」
「海の怪異との縁談は死亡フラグだぞ!」
今はまだなんでもないわたしたちは、夜と闇の海岸を二人っきりでならんで歩きながら、そんな会話をする。うん。素敵な一日だ。
修学旅行、その醍醐味を満喫している。会話は、やっぱり、怪談なんだけれども。
「海坊主は……ううーーん、人間の姿をしてるって判定していいもんか迷うな!」
END.
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