柏木くんちのミャオのご飯
「これ、人魚だと思うんだよね〜」
もう何度目か、柏木くんが言う。わたしは、面倒くさいので「そうだね」と否定せずに人魚幻想を受け入れた。
地元の出店にあった金魚すくい、そこで昨日捕獲した小魚が金魚ばちに入れてある。
柏木くん曰く、この金魚、カオがあるみてぇだわ、とのこと。
「上半身のどっかが人間なら、人魚っていって正解だろ。こいつ人魚なんだわ」
「食べるの? 柏木くん」
「いや、うちのミャオに食わす。んでミャオは妖怪猫又になってオレより長生きする。完璧じゃんっ? ミャオのごはんだオマエ!」
「ミャオちゃん」
柏木くんちの猫は、確かわたしたちが幼稚園児だった頃にはもう家にいた。今、何才だったろうか。
初夏の蒸し暑さがあけっぴろげの窓から侵入する。這い寄る。忍び込む。柏木くんは金魚鉢を窓枠に置いて、夕方の日差しに金魚を透かし見て、顔面を確認しようとする。何度も何度も。
窓、閉めよう。わたしは言う。窓を閉めても、柏木くんは金魚鉢を抱えて大事そうに覗いている。
ふと、皆が、みんな、人間かそれ以上の命を保てたらいいのに、わたしは本気で祈っていた。なんで命のスケールに差があるんだろう。神様がいるなら、なんで差を加えたのだろう。
夕闇は答えない。暮れ残る空の黄土色がなんとなくきもちわるい色をしている。
「帰るね、あたし」
「おう」
柏木くんは、金魚鉢を抱えて……、目をきらきらさせている。明日、またここに来よう、金魚とミャオの様子を見に。わたしは決めた。
柏木くんの家を出ると、辺りはすっかり暗く暮れていた。虫の音がりんりんと続く。闇の向こう側から、ずっと。ずっと。
END.
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