屠殺ラブスト2-10
「はい、お味噌汁にミソ溶かし終えたところ。今日もお疲れ沙耶ちゃん。お風呂の湯加減は大丈夫だった? ああシャンプーそろそろ切れるよ。セールになってたらすぐ買った方がいいよ」
「……………………」
お風呂と、ドライヤーを終えて、待っているのはホカホカした夜ご飯。
仕事と学校から帰ってきたら、先に沸かしてあるからお風呂どうぞ、作っておくよ、この男性は当たり前に言ってきた。夕方過ぎの値引きシールの貼られた食材ばかりのレジ袋を私から受け取りながら。
網目の太いニットにスウェット、適当に選んだ服が似合うような、かえって不自然なような……。
ピアスがハデでそこは浮いてる、かも。でもそれもかえって目立つから視線が引っぱられる。左耳に4個、右耳に2つ、アシンメトリーが好き、らしい。
「鮭、ホイル焼きにしてみた。今日は夜間学校の課題日なんだろ? それで何味が食べたくなるか気分も変わるだろうから。何味にするかな」
「……ゆずポン酢まだありますか」
「あるね」
すっかり慣れて冷蔵庫を開けている、この男性。いや家事をやりだしてからまだ3日もしてないんですけど……?
「ほら実際、俺のがパンツを畳むのが上手い。リボンを前にしてこう」
「ひとのぱんつを」
「沙耶ちゃん、俺の下着を洗濯したくないとかパパを嫌ってる思春期の一人娘みたいなこと言うんだもん。でも俺が沙耶ちゃんのパンツもブラも洗濯しなかったら困るだろ。不可抗力、仕方ない仕方ない」
放っておくと洗濯物を取り込んでもそもそ、正方形にたたみ始めている。さっきまで洗いものをしていたはずが。
文句の言いようがなくて、私のパンツがしーさんの手で正方形にきちっとたたまれていくのをスマホを片手に眺めている。なぜか。
なんだ私のこの生活。
「……た、ただれてる……」
ん、なにが、しーさんが呟く。私のお洒落着洗いのブラウスを広げて、床おきタブレットで洗濯物動画を呼び出して再生してて、痛めない畳み方を見たままに再現していきながら。
確かに。本当に、手先が器用。なんでもそつなく。平均点以上を叩き出す。顔はおいて、サラブレッドの血筋とかいう、しーさんの話、こんな形で信憑性を見せられるとは。
た、ただれてしまう……。
(これが続くのは結構マズイのでは)
ひとり、背筋をひんやりさせる。ただ気になることはある。
「……しーさん、表情筋が死ぬようになりましたね。ちゃんと……」
「え? どういう悪口?」
「私の発言をほぼイコール悪口と捉えるのやめてください。ほんと性格が悪くなっていくばかりですけどしーさんの表情筋ですよ。前は、特に工場で会ってたとき、あのときは外で会っててもニコニコして変に笑ってばっかでした。胡散臭さがすごかったです。でもこのところ無表情になって私とフツーに会話ができてます」
「……そう? ……無表情になってて俺が怖くないの」
「怖い。いえ全然。しーさん、自然に表情筋死んでて日常会話ができてますよ。ものすごく自然です。無表情になってるときがあって当たり前です。人間だって動物なんですから……前、工場で会ってたときはそんなしーさんを見るとは思いませんでした。進捗はあるみたいでよかった」
「……ふぅん。……情操教育マジで受けてるの? 俺??」
「情操教育というか……さぁ……? あ。しーさん、明日の分の下着と服を並べておくの止めてもらっていいですか? この3日間すんごく気持ち悪くてそれすごい嫌です」
「沙耶ちゃんが家にいないときの俺の楽しみだからイヤだな」
「気持ち悪いです。明日からはいくら置いてても着ませんから」
「えー。俺の性欲のぶつけ先がどこになればいいのさ」
「……寝ます。ああ1キロメートル離れてください近寄らずに寝てください!」
「明日の弁当を準備してから寝るよ俺。1キロメートルは夢のなかで見てて♥ 鮭の残りで俺を思い出してね♥♥ おやすみ沙耶ちゃん♥」
(ただれてる、ただれてる生活とは、こういうことを言うに違いないんだ)
気持ちがげっそりするやら。正直に言ってかなりもんのすごく助かる。困る以上に便利という単語が思い浮かぶから嫌気が差してしまう。
今じゃ私がしーさんに気疲れしている、いやこの3日間でそうなってしまった。たった3日で……。
ああ。しーさんが、台所に立っている気配が。
そのしーさんが「ああ」と、なにか、勝手に喋ってる。
私は布団に入って最近知らないひとのニオイがするようになったこの空間に包まれて、でも、この不自然な生活に絶対に慣れちゃだめ、自分に言い聞かせている。
疲れてるから。確かにずっと毎日疲れてたから。忙しくて。何も無いから。
(助かる……のは、……困る……たった3日でコレはまずいって……)
うとうとするなか、聞こえる。
「俺、自分はショートスリーパーなのかと思ってたよ。ドライブしたあと……車んなかで、数時間寝るぐらいしか睡眠必要としてなかった。体質かなと。でもこっちに来てからさ、沙耶ちゃんがいないとき、ほぼ寝てるんだよね、俺。そのベッドで。変な話だけど確かに沙耶ちゃんの情操教育、必要なのかもね。いや体質改善? 教育? 指導? 調教? でもそれ、俺にしたらますます、沙耶ちゃんしかいない現実を知るだけ……ああ。寝てる? おやすみ。明日の分の服と下着、やっぱ毎日ちゃんと置いとくよ。俺がそうしたいから。おやすみ。沙耶ちゃん、髪の毛まだちょっと濡れてるよ。さっきから。毛先がしめってるの気づかなかったね結局。気づかないで、気にしないで、寝ちゃったね。乾かしくとくけどいいよね? 可愛いね、沙耶ちゃんは」
(そう)表情筋が死ぬようになったしーさん。
でも、私に関することだけはよく笑う。ますますよく笑う。
怖いくらいに。明るいくらい。歯止めがないみたいに。限度ないみたいで深い深い海の底まで届きそう。深すぎて私には無理。
そう、だから、本当に。
あんまり長いことこのひとに関わってはいけない、そう思えてくる。危険。危険。
そんな、ふうな、夢を見た。
END.
読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。