怪談の怪談(たんぺん怪談)

「これ、知ってる?」
悪気などなく少女は右手を伸ばし、ひらたい右手で自分の喉首をとんとんした。口はまるく開けて、ハーッ、はひーッ、あえかに息をしてみせる。目をわざわざ見開かせて苦しがるので窒息のものまねに見えた。

琴子は眉を寄せて学習机に肘を立てた。利き手を受け皿にして顎を乗せる。

「知らん。なに? また怪談? 好きだな」
「文芸部ですからね」
「関係あるそれ」
「いや、わたしだけだけど。創作怪談で遊んでるのは」
「文芸部への風評被害が今起きてるわい」

友人は、明るく邪気なく笑う。彼女はいつもそうだ。どんな怖い残酷な話をしようとも、笑顔を欠かさない。本人曰く、だって話すのが楽しいんだもん、とのこと。琴子が以前にそう聞いた。
昼休みの教室に、彼女の滔々とした語り口が静かに広がった。水面にうたれた波紋のようにして。

「で、ね。この怪談はさ。夜の校舎、丑三つ時に起きるの。水っ気なんてないはずの学校になぜだか、濡れた足音がひびきわたる。ひたひた、ひたひたって音があなたの後ろについてくる。ひきずってるような、ペンギンの足音をもっと遅く大きくした感じの奇妙な足音」

一介の女子高校生にして単なる文芸部の下っ端であるはずの彼女は、いきいきと語らう。黒目を輝かせて楽しそうだった。彼女の本懐なのだとわかる。

「後ろ、ふりかえっちゃいけないの。でもふり向いちゃう。気になるし、そうしないと怪談って話が成立しないからね」
「主人公、かわいそー」
「これ、怪談だからね。でね。なんとまぁ世にも奇妙なシルエット! ニンゲンではない、一目でわかるでこぼこした姿形。その足はひとつに束ねてゴムで結んだみたいで、一本足の下から何かを伸ばしてる。魚のひれかな。もしかすると、人魚なのかもしれないって咄嗟に思うの。でもそいつがもう、器用に一本足でジャンプしてきて飛びかかる。そして喉首を食い千切られちゃって、アーッ! アーッ!! はい、終了!!」
「騒ぐな、騒ぐな、人が見てるから」

琴子は友人のどはでなジェスチャーをなだめながら、言われるがままの風景を想像してもみる。夜更けの校舎に、一本足の濡れた怪物。どうやら獰猛でニンゲンを食うらしき怪物。どうやら人魚姫絡みらしい。

そこまで想像して、疑問になる。

「……学校にでる意味、なくない? ここ海ないし」

「それ禁句、ほとんどの怪談でそうだよ。学校にでる意味なんかないんだけどでも学校でしか出られないから学校怪談なんだから! よぅく考えてよ、二宮金次郎の銅像だって学校に設置してあるから歩くんだよ! これがオフィスに設置されたんじゃ動かないの。あたしたち、瑞々しいうら若き少年少女の生気に吸い寄せられて怪談が怪談するんだから」

「怪談が怪談する」

独創的、あるいは場当たり的な言葉のひびきを噛みしめる。怪談が、怪談を話す――、それはそのまま私たちじゃん、琴子が最後に言った。

「だからウチらも成仏できないってか? 学校内で事故死したから。だからもう100年もこの校舎からでられずにうだうだ話をしているわけだ? まったくもってさぁ、学校、学校、いやになるわい」




END.

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海老かに湯
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