肉塊喰いのおひいさま
「こら、まずうござぁ……ます」
薬膳をまえに、牛肉とおぼしき肉塊を箸でひとつまみして食べなさった姫様は、おちょぼぐちを指で抑えてうめきました。
それが、言の葉の最後でした。
城の者はどよめきたち、外間で控えていた侍が刀を手に駆けつけます。姫様の変性はすでにはじまって取り戻しができません。薬膳をひっくり返し、黄色い唾液をぼちょぼちょと唇の端からたらしながら、姫様は両手で中空を掻きむしっていました。手近なところにいた侍女が腕を貸して支えましたが、姫様は、怪力でこの腕をもぎ取ってしまいました。
姫様が野獣のように吠えました。あおずんだ毛の塊のよう、姫様の痩身がちぢみました。吼え鳴き喚き、姫様は戸の外へと身投げして、何処かに向かって奔走してしまいます。侍たちが刀をがちゃがちゃさせながら追います。が、これが姫様の最後の姿でした。それきりもう誰も姫様も姫様らしき醜い塊も知りません。
その日のうちに食膳を用意した厨の者たちが手に縄をくくられてひったてられました。何を食わせたんじゃ、何をくわせたんじゃ!!
「薬でございまする」
「肉の薬でございまする」
さめざめと泣き喚きながら、阿鼻叫喚の告白が繰り広げられました。全員の首が撥ねられたと言いますが、はて、一人は首を撥ねても死ななかったといいます。
その者は若き小坊主で、姫様に、淡き粉雪のごとき懸想を寄せていました。殺しても死なぬ坊主に侍たちが詰め寄りよってたかって斬りつけますが、なおも死にません。
小坊主は、涙しながら、逃げ去るまえに言いました。
「人魚ォ肉ゥ喰わせたんよォ。てっきりワシとおなじになるおもうて、おもうて、あないなバケモンになるなんて知らんかったんじゃああああああ」
坊主まで走り去ってしまって、城と町に残されている昔話は、これきりです。後は杳としてしれません。
END.