みずだくの死体さま

時間がないのである。一匹のマーメイドは魔女のもとへと駆け込んだ。今すぐ妾を人間にしてたもれ!!

「なにをそんな急ぐのさ。特急料金いただくよ。えーと、声、あと髪、ううん目玉がいいかい?」

「なんでもいい! 急ぐのじゃ!」

「なにそんなに急ぐのさ」

魔女は呆れて、しかし商売をしている魔女であるか特急客からふんだくれるだけのものを奪って地上へと放り出した。

一匹の美しい、年配のマーメイド、しかしてすがたは乙女なるマーメイドは、ズルグチャに崩れたアメーバーの体を引きずってある漁師の一軒家に向かった。

ずるぐちくぢゃぐちゃ。進むたびに体は崩壊してゆく。魔女は、ふんだくれるだけ容赦やくふんだくり、このありさまで放り出したのだった。しかし、マーメイドはすべて一言で由と答えるだけだった。時間がなにより価値があったからだ。

ずるぐちゃのからだは、戸口のすきまから、漁師の住むあばら家へと潜り込んだ。
病気で寝込んでいる老人がひとり、カラカラに乾いたせんべい布団で寝込んでいる。ずるぐちゃが触れると、漁師は視線だけを横にした。もはや死ぬすんぜん、病魔にとりころされるすんぜん。

『旦那さま。あのとき、まだ若かったあなたを助けた魚です。あのときからあなたを慕っておりました。恋しておるのじゃ!』

「お…、おお……」

漁師の死ぬすんぜんの老体が、痙攣した。
ずるぐちゃがキスをした。マーメイドたる乙女の聖なるキスである。漁師は、痙攣しながら、キスの合間にささやいた。

「死神が……見える……ついに来よった……」

ずるぐちゃが溶けて、死にゆく漁師にかぶさった。絶命はほぼ同時である。想いが交差することは全く無かった。

しかし、翌日、びちゃびちゃの爺さん漁師を見に来た村の若者は、悲惨なありさまに思わず呟いた。

「爺さんどこからそんな体液だしてるんだよ……ひええ、ひどいもんだわ」

そこにある。ひとつの死体。
病魔に侵されて死に際にずるぐちゃと濡れた、水まみれの一つだけの死体が、そこにある。


END.

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海老かに湯
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