セイレーンのラブソング(たんぺん怪談)
マーメイドは歌うことが大好きだった。ある日、海の天井からゆらゆらとものが落ちてきて、ああ、また陸の船が壊れたのねん、あっさりと事実を認めた。
ところがこのマーメイド、変わり人魚だった。
いそいそと荒れた海へと泳ぎ出て、沈没船に飲まれて狂乱する人々を横目に座礁する原因となった岩山に腰かけた。そして、
「♪♪〜〜〜〜!!」
めいっぱい、力のかぎりに美声で歌い上げた。狂乱怒涛。絶体絶命。船乗りたちの断末魔がとどろき、しけた海が暴れ狂う中に、美しい天使の歌声はこだまする。今までにない、スリルと絶叫が飛び交うなかでの歌になった。彼女はすっかりこれが癖になってしまい、船が通るとみるや、沈没しまいかと期待するし、沈没しそうなら歌いはじめるし、焦れたときなど自分で海底から鋭い岩を抱えてきて、ずん、ずん、と船底に穴を開ける始末だった。
彼女はのちに、人間たちから名を与えられた。恐怖の人魚姫・セイレーンの誕生である。
彼女の歌声を聞いてしまうと、船乗りたちは陸には戻ってこられない。セイレーンの観客たちは皆、海へと沈む。セイレーンはその様がたまらず、楽しかった。
人間たちは知らないが、セイレーンがいつも歌っているその歌は、愛のうた。ラブソングである。今日も、ラブソングがさぁ死になさい、と、船乗りたちを虎視眈々と狙うのであった。海は未知の危険でみちみちている。
END.
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