屠殺ラブスト2-25
(これは)
くちびるに触れ合いがある。キスと呼ぶものだ。
私は目を閉じてない。
向こうも、目を閉じなかった。
見つめ合う。
……見つめ合う。まつ毛、しーさん、長いから。危うく私の目の表面に擦れてしまいそう。
まばたきしてみて確かめても、キスはやっぱりされてあった。
くちがふさがってるから、声も互いに何もない。
瞳の奥の奥まで、視る。
奥にようやく黒みがある、しーさんの瞳。灰色の瞳。黄色い虹彩が猫の目のような艶を与えている瞳。
(…………、……)
感情らしさが欠落したまま、私のスウェットに手をかけてきている。引っぱられるとLサイズとはいえボディラインが出て来て、胸のおうとつが浮き彫りにされる。
しーさんの両手首を私も自分の手で捕まえた。なにするの。当たり前だ。
「…………」
……でも、男の力だった。私が両手首同じくつかもうが、構わずにしーさんがグイグイとスウェットを引っぱってくる。
衿が伸びて、ナイトブラの肩部ごと左側の肩が露出した。
触れ合いだけのキス、私から逃げたくはなかった。
でもこうなると話は別。
「……しーさん、それ以上はやめて。合意も何も無いんですよ、解りますよね」
「判ってるよ。ねぇ沙耶ちゃん」
「……」
警戒心に、戸惑いが混じっていることが、私にもよくわからない。
しーさんを見る瞳が、揺れてないといい。いい。そうなっていて欲しい。
「沙耶ちゃんってさ、ブラはBで下着もSでさ。服もほんとはSサイズが似合うでしょ。でも、持ってるのはMか、Lばっか。部屋着はLサイズ。リラックスサイズが好きなのかなと思ってた。最初。でも俺もうわかってるよ、沙耶ちゃんはボディラインがでること極端に嫌がってるんだよ。寝る前も寝起きもスウェットが貼り付いてるとすぐに直していくの、気づいてた?」
「そ、そ、う……で」
「俺を警戒してんのかなと思った。でもちがう。手つきが。俺がいてもいなくても沙耶ちゃんは毎日そうやって直してるよ、その手つきと、条件反射は」
「……服引っぱるのやめてください」
「値段が安いの話じゃないよね。俺のスウェットとかさ、沙耶ちゃんとお揃い。色違いだけど。ぜんぜん色気ねーとは思った。男物でも沙耶ちゃんぜんぜん平気に着てるんだもん。でもさ、気にしない? ペアルックとか。気になってない? 俺が言わなければ沙耶ちゃんはそういうことを考えないだろ。言われるまで気にしない。でしょ? 気にしてなかっただろ?」
「しーさん、離れてくだ、……っ」
くちがふさがれる。言葉が塞がれる。今度は目を閉じて、しーさんは私が暴れないことを理解しきっている。
……そう、暴れない。
それが、バレて、る。
堪能するような触れ合いだった。
私が暴れないでいることを、あらかじめ承知していて……。
(…………このひと、)
この男性。ひとを見抜く目。は、確かにある。
よく見られているのは分かってた。でも、こんなにバレて、筒抜けになっているなんて、知らなかった。
触れ合いは、ただくちびるを味わうだけのもの。
でも、そんなの、しーさんのさじ加減で、どうにでもできる。私をどうにでも。そもそも、おんぼろアパートに、男女で二人っきりなんだから。
「…………」
「…………」
しーさんが。
ゆっくりに、瞼を上げた。やっぱり長い、まつげ。
私の目のなかの奥の奥、底にわだかまる残滓まで射抜くように。
強い、意思、思惑のある、人間らしい、ひとの瞳。家畜の瞳のしーさんとはちがう。くちびるの触れ合いも終わらせて、でも顔は目の前からどかなくて。
そ、と、両脇から胸へのボディラインを撫でられる。手つきは羽根をなぞるよう。それでも、私のだぼだぼスウェットが、丸裸にされているのは、わかった。
(バレてる)
しーさんが、コツンと額をぶつける。甘えるようでも叱るようでもある。眼があって。瞳があって。
私を捕まえて、離さない。
「沙耶ちゃん。沙耶ちゃんの体ももっと違うものも、俺、そろそろ欲しくてたまらない。……隠さないでもらえる?」
バレてる、と、体がわかってきて、背筋が怖気にふるわれた。
あと、分からされも、する。
(……このひと、本気で)
これは本気で本当に冗談のひとかけらもなくって。
本気の、眼。
END.
読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。