騎士は灰の怪物を退治しに行った

火の粉がはぜる音を聞く。鼻腔に突き刺さる、焼ける匂い。誰かが肉を焼いている。なぜだか、美味しそうとは思えずに、歴戦の聖騎士はみぶるいして悪寒に背筋を襲われた。獣に忍び寄るが如く、足音を殺して火へと近づいた。

海を離れて森に入った奥に、ちいさな村がある。
宴が開かれていた。

騎士は、目をうたがった。

腹から串刺しにされて、宴の中心部にて、グルン、ぐるん、回転されてはまんべんなく焼かれる肉の塊。それは、腕が2本あって、頭部が垂れていて、どのように見ようとも、誰かの上半身。人間の体の上半分だった。
赤い火に抱かれて、それは口から真っ黒い炭を吐きながら、ぐるりぐるりと焼かれている。

騎士は、後背に背負う長剣へと手を伸ばす。茂みから音も立てずに現れて、狂った村人たちへ、告げた。

「――成敗!!」

阿鼻叫喚。罵声。死にかけた男が誰何の声を漏らす。騎士は所属する聖騎士団の名を名乗りもせず、人食いを行う、ふらちな者どもをひたすらに切って捨てた。朝がきて、黒煙が白へとのぼるだけになった。騎士は、最後に、焼かれた誰かを火場からおろし、丁重にこれを埋めて埋葬した。村人たちの亡骸がそこかしこに散らばって転がっていた。


と、彼がまだ二十歳を過ぎたばかりの記憶である。年老いた騎士は、すでに引退して聖騎士団を抜けた。孫たちに木の枝などをもちいて手遊びのような剣技を披露する、そのときだけ皆がご老人が聖騎士であったことを思い出す。それほど穏やかな生活を送るようになった。

ある日、ヴィヴィジュの森にて、人間を襲う灰の怪物がいるとの噂が流れてやってきた。老騎士の頭のなかで、点と点が繋がった。

そも、皇帝の密命にて、不老不死の妙薬であるという、人魚の肉を求めてあの海域を冒険していた騎士である。すぐそばにあった村である。人肉を食う、狂気の村人が住んでいた山奥の隠れ里だった。

ヴィヴィジュの森に、海に――灰でできた怪物が現れる、というなら。
それは。

老騎士は、ふたたび、己が剣を手にする。
彼には、あれを退治しにいく使命が、あるのだった。なんせあれらを灰の怪物にしたのは、若き日の自分なのだから。

あの村には、人魚の肉があったのだ。



END.

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海老かに湯
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