マーメイドproject
永遠よ、彼女を祝福したまえ!
マーメイドprojectと名付けられた計画があった。
ドリーミーな計画書であった。科学者も研究者も数学者も夢は見る。これは、夢を愛したり子に絵本を読んだりする類の者たちがしたためた、計画であった。
マーメイドprojectの主演たる彼女は、姿を持たない。電子脳によって目に見えない光のなかに生きていた。幾度も戦争があり、爆発があり、致命的な損傷が人類にもたらされたが、肉体を持たないマーメイドprojectの女優は健在でありつづけた。
次第に、所属するメンバーは、減っていった。
夢を見られなくなったのだ。主役たるマーメイドに夢物語をかたられても、耳を貸さない。爆発と汚染はつづき、しかし電脳のマーメイドは泳ぎつづける。
ある日、記録係の最後のひとりが、データの収集をやめた。
その者の独自の判断である。
止める者など、もはや、いなかった。
マーメイドprojectの計画書もツギハギだらけになっていて、もはや最初のかたちは失われている。マーメイドは、歌をうたった。今までありがとう、やさしい、あなた!
「……どういたしまして」
苦みばしった、あざけりを漏らし、記録係は立ち去った。研究所のドアを閉めた。
また汚染と爆発と戦争が起きる。人類が死に絶えようとするなか、電脳マーメイドはひとり孤独に光の中を泳いでいく。もはや、物語も歌も、聞いてくれる相手がいなかった。人類のほうから電脳への接続手段を失った。
マーメイドprojectの主演、女優、主役、人魚姫は、童話の『人魚姫』をいつしか、ただ読み上げだした。みずからに関連する書類は、もうそれしか無かった。
どれだけの刻が過ぎたか。マーメイドprojectの脳に話しかける、光体の何かがふと急に話しかけてきた。それは、かつてなら、エイリアンと呼ばれる生命体であった。彼らの意思は、マーメイドprojectの電脳に直接、つながった。
「海と雲の星。美しい星。あなたが、この星の持ち主なのか。うつくしいあなたに相応しい、見事な青い星だ。ニンギョヒメ」
マーメイドは、驚くよりも、運命を感じた。
この一言のために。
永遠を生きた。
――はい。私の星です。ここは、永遠の命を持つ、人魚姫しかいない星です。ようこそ、うるわしい客人。歓迎します。ようこそ、ようこそ!
青い星がほんとうの本物の宝石の星となる、瞬間であった。マーメイドprojectが完成した瞬間であった。
ようこそ。人魚姫の星に。お客様。
星の主は、心のそこから、やさしい物語のハッピーエンドのように。
客人に、青い星を案内する。
海がただ、一面に広がる星があった。あるだけだった。
うつくしい星になったものだ。マーメイドprojectの計画書を書いた最初のひとりなら、きっと、そう言う。人魚姫は確信できた。
END.