きりん河童(女子高生とショタ)

花弁に露がひかり、深緑が黒ずんで、アスファルトがしとどに染まる。常に雨ガッパが叩かれていた。
藍色のランドセルごと白色透明なビニールに包まれている。今朝、母に履かされた黒い長靴が膝小僧の下まであって、その子の豪雨対策は万全だった。なにもかも、かんぺき。
しかしながら、帰宅の足をとめて、図書館をふり向いていた。
バツッ、バツッ、雨ガッパが騒ぐ。全身にばつばつする音の回数だけちょっとした衝撃が降り注ぐ。大雨だ。

その子は、足を図書館へと向けた。
貸し出し傘のスチールラックを手探りしている、生足長身の女子高生が自動ドアに感知されずに済む、ぎりぎりのラインに立ち止まっている。白く濁った雨ガッパのその子は、女子高生の隣にやってきた。
「――――」
「――――」
ともに、純日本人的な、真っ黒い目が視線をはちあわせた。

女子高生と小学生が隣あって。だから。なにがどう、話がはずむべくもなく。ただの雨の日のひとつの場面に過ぎない。しかし。

小学生は、てきとうな傘を自分の手で選んだ。そして、雨ガッパを頭から脱いで、水滴をぽつぽつと図書館のひさしの下に広げた。
女子高生の黒い目が、差し出された傘を見下ろす。
「…………」
「……僕、三雲ゆあん」
「ゆあん?」
女子高生が、あらためて小学生の濡れた姿を見て、それからはじめて見るように顔つきを確かめた。
日本人的で、丸っぽい顔だが頬は痩せて、ひょろりとして、伶俐な瞳が名前の響きに反する知性を感じさせる。将来を感じさせるような小学生だ。あ、ああ……、女子高生が呻いて、彼女自身の脳に刺激を与えようとする。
「ゆあん、くん。ああ。ウチの……、隣に住んでる……、ゆあん、くん? こんにちは、どうも」
「はい、ゆあんです」
その子は、今まで生きてきてはじめて、自分の名前に感謝した。
「靜香さんは雨宿りですか?」
「えっと。傘、持ってなくって」
「どうぞ」
しれっと貸し出し傘を自分のもののように差し出した。
大人びた小学生に、女子高生はその黒いひとみをさらに拡げる。手は素直に傘を受け取った。300円ショップで売られていそうな、100円ショップの傘よりはちょっと頑丈そうなビニール傘が選ばれていた。
ゆあんが、雨ガッパを被りなおさず、頭を露出したままで、女子高生の次なる反応を待つ。
彼女は、戸惑っていた。ぼたぼたと降る、雪の塊のようなごつごつした雨の渦を見上げて、それからまた小学生を見る。
それから、断るようにして誘った。
「えと。いっしょに、帰る? ゆあんくん。お隣さんだものね」
「はい!」
彼は、自分にできるいちばんの笑顔をした。

ゆあんが、お隣に住んでいるノッポなきりんのようなお姉さんを見かけるたびに気になっていたものが、このときはじめて、名前を持った。それは甘くしっとりと胸を濡らす、初恋と言う。



END.
(ショタ×お姉さんのつもりで)

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海老かに湯
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