幸せを願う
その日、にわかには信じ難い知らせが入った。親友の善人(よしと)が捕まったというのだ。朝早くから新聞配達のおじさんを手伝い、家々を回った後に朝ご飯と牛乳をご馳走になるのが彼の日課だった。僕が遊びに誘うと嫌な顔一つせず遊んでくれたし、昨日だって一緒に釣りに行ったばかりだ。頭が真っ白になったついでに、手の届く範囲にあるはずの楽しい記憶も消えてしまう気がして、居ても立っても居られず、直ぐに配達所のおじさんの元へと向かった。
「善人が捕まったって本当なんですか?」
「ああ、本当だよ。いつもの時間になっても姿を見せなくてね。心配してたら捕まったって、お巡りさんに聞いて驚いたよ」
「善人が何かしたんですか?」
「いや、何もしてないんだけどね。夜中に歩いているのをお巡りさんに見つかって、どうせ何か悪い事をするんだから、その前に捕まえたって言うんだよ。うーん…。参ったねぇ」
「そんな」
僕は言葉が出なかった。善人には帰る家が無かったのだから、仕方ないじゃないか。彼は自分の事を話さないから詳しくは知らない。でも、天涯孤独の存在なのだ。だからそれを知った人々は彼に優しく接していたし、悲しみを抱えながらも笑顔でいる彼に元気をもらっていた。
「おじさん、僕、善人を助けに行くよ。施設の場所を教えて」
「一緒に行こう。車出すからちょっと待ってね」
おじさんも同じ気持ちだったんだろう。それは心強かった。車の中で僕は色んな事を考えた。善人が捕まったのは自分のせいじゃないかとか、それぞれに違った境遇を背負っているのに、どうして法律は機械的に捌いていくのだろうとか、考えたくもない事。今から向かう施設は何かとても残酷なものに感じられたし、僕を安心させようと「大丈夫だよ」と言うおじさんの目を見て、残された時間が少ないのだと分かった。
施設に到着すると、そこは僕らが普段暮らす場所とは違う空気が流れていた。とにかく悲しい雰囲気で、お葬式と違うのはみんな生きていること。僕はブルブルと震えてしまってまっすぐ歩けなかった。書類に名前を書くのも緊張したけど、善人の顔を見て安心した。
彼の自由に見合う覚悟が必要だったけど、僕には善人を家族に迎い入れる決定権はなかった。子どもにできる事は少ない。善人は当分の間、おじさんの家に身を寄せる事になったからひとまず安心した。でも、まだ僕は親友のために何もしていなかった。残された時間は短いから、彼の目を見ると、彼の声を聞くと、彼の事を考えると涙が出た。
僕はSNSを使って支援者を募った。とにかく助けて欲しい事と彼を救って欲しい事を何回か書き込んだ。すると譲渡会を開いている団体の方からコメントがあり、善人を保護してくれる事が決まった。おじさんはインターネットなんてやらないから、「君が救ったんだよ」と言ってくれたけど、車を運転したのはおじさんだし、善人のこれからだってどうなるか分からない。安心と不安と悲しみが混ざって、頭の中はぐちゃぐちゃだ。
善人とは「良い人に巡り会えますように」と僕が勝手に付けた名前だ。新しい飼い主さんは彼にどんな名前を付けるのだろう。数日後には彼の新しい生活が始まる。善人。今までありがとう。どうか幸せに。
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