姥捨山

その村には齢(よわい)八十を超えると近くの姥捨山に捨てられるという暗黙の了解があった。これは痩せた土地で村を存続させるために続けられる苦肉の策だった。
その日、A氏の母が八十歳を迎えた。
「食料に余裕があるから捨てにいく理由は無いよ」とA氏は母に伝えたが「そんなわけにはいかないよ。アタシは自分で歩いて行くから、見送りは結構さ」と母は息子の申し出を断って家を出て行った。
村に異変が起きたのはそれからだった。
川の水が紫色に変色し、それを飲料水として口にした村人たちがバタバタと倒れ、死んだかと思えば腐った身体のまま徘徊を始めたのだ。生き残った村人たちは恐怖し、経済的に体力のある者はすぐに逃げていった。
村に残ったA氏は食料を近隣の住民に分け与えていた。しかし、食料が底をつくのは時間の問題だった。
他に何か食べ物はないかと家中を探し回ると「ゾンビ災害」と書かれた母の日記が出てきた。そこには百年に一度ウィルスが発生し人々がゾンビ化することと、ゾンビは夜にしか活動しないこと、その状態が一年から三年続くこと、水は米糠(ぬか)にさらしてから飲むこと、野生動物もウィルスに感染するのでタンパク質を摂るために大豆畑を作ることなどが書かれていた。
A氏は半信半疑ながらも生き残った村人たちと力を合わせて、昼間は畑や地下通路を作り、夜は母に感謝をしながら扉に鍵をかけて寝た。
ある夜、用を足したくなり仕方なく外に出た時のことである。A氏は姥捨山から一筋の光が走るのを見たのだ。その光はまるで流れ星のような速度で、月影に揺らめくゾンビの頭を貫いた。その体が地面に倒れる直前に微かな発砲音が鼓膜を振動させた。
A氏は尻を寒風にさらしたまま、考えられずにはいられなかった。
「他に生存者がいたとして、ゾンビのことを知っているヤツなんて、おっ母以外にいるもんか!」と。
翌日、村人にこの体験を話し山の中を散策できないかと相談したが、薄暗い山の中でゾンビに会ってしまったらミイラ取りがミイラになってしまうと止められた。A氏はもどかしい気持ちで暮らしたが、それは夜中にその光を見た他の村人も同じ気持ちだった。
結局、ゾンビの発生が終わるまで幾つもの流れ星が村を守り、どうにか一同は生き延びることができた。
モグラのような生活を強いられた村人たちは「どうしてこんなことが起こるのか」と考え続けていたが、ゾンビの消滅とともに突如出現した緑の平原を見て、死者が徘徊することにより土壌の養分になるのだと理解した。
村長となったA氏はそれまでの習慣を禁止し『姥捨山』を『流星山』と名付け、慰霊碑を作った。
後日、山から「白髪の老婆に育てられた」と話す娘が降りてくるのだが、それはまた別の物語…。

#小説 #ショートショート

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