最終報告書

「全く、あんたはどうして同じミスを何回も何回も繰り返すの? 10分で終わるような簡単な仕事に1日かけてどうするのよ! 人の話を聞いてるの?」
女性上司は激しい権幕で部下の男性を怒鳴りつけた。
「すいません…」
ここ数日、この男性社員はミスを連発していたのだった。
「いい?あんただけのミスならいいのよ。でもね、あんたがミスをするとみんなの仕事も止まるんだよ。理解してる?」
「はい…」
「はいじゃないわよ!そうやって何回も繰り返してるじゃない! こんな単純なミスを繰り返してるとね、誰もあんたのことかばってくれなくなるよ?それでもいいの?」
「次はミスしないように…」
「説得力ないのよね!やる気ないなら辞めてくれて結構よ。次に同じ失敗をしたら違う部署に行ってもらうからね?」
「はい、頑張ります…」
トボトボと自分のディスクに戻る間も周囲の社員の視線が背中に刺さる。
男はすっかり意気消沈気してしまった。

 その夜のことだった。
行きつけのバーの片隅で男は一人でチビチビと酒を飲んでいた。
「はぁ、何で俺ばっかりこんな役回りなのだろう」
ブツブツと呟いているところへ、同じような身なりをしたもう一人の男がやってきた。
「どうした01、浮かない顔をして」
「なんだ、02か。仕事で同じ失敗を繰り返して上司に怒られただけさ」
「なんだ、エリートのお前らしくないじゃないか?」
「おいおい、忘れたのか? もともと、人間の怒りのサンプル調達は02の仕事だろ? それを代わってくれと言ったのは自分じゃないか」
「そうだっけか?」
「そうだっけじゃないよ全く…」
そんな他愛もないやり取りが暫く続いたあと、人間の耳には聞こえない高周波音が鳴った。
『ピーーーン』
「もうこんな時間か。飲みすぎたかな」
「03からの招集だ。さっきの話、アイツにも聞かせてやろうぜ」
「嫌だと言っても、報告なんだから結局することになるがな…」
二人は仲間の待つアジトへと向かった

「遅いじゃないか二人とも」
そこには待ちくたびれた仲間の姿があった。
「悪い、03! 01が仕事でやらかして、やけ酒あおって遅れたのさ」
「それは珍しい。01の仕事はサンプル調達だったな。失敗したのか?」
「02の説明には語弊がある。サンプル調達は順調さ。いや、順調すぎて想像以上に人間の女がブチ切れたんだよ。
毎日こんな事をやっていれば、いくら俺だって気が滅入るさ。03はずっとここにいるからいいよな」
「なんだ、そういうことか。順調なら何よりだ。各自のミッションは違うが我々はチームだ。私が母船からの情報のやりとりとミッションの決定を行い、二人が人間世界の調査をする。
私だって、二人にもしもの事があった場合に備えて、いつでもミッションを代われるスタンバイはしている。ミスを補い合うのはチームとして当たり前だ」
「03のその言葉を俺の上司にも聞かせてやりたいよ」
「01の潜入先の上司はそんなに酷いのか?」
「ああ、酷いなんてもんじゃない。
『なんで10分で終わる仕事に1日かかってんだ』って、烈火のごとく怒るんだ。03とは真逆だよ。
何もかも効率化された社会は機械にとっては過ごしやすいだろうが、俺にはゴメンだね」
01はそう力説した。
「それは私が機械みたいだということか?」
「まぁ、そう言うなって。そろそろ帰還の時期なんだからさぁ。だろ? 03隊長?」
「ああ。01の仕事のおかげで帰還の時期は早まった」
「いつなんだ?」
「明日だ」
「それは随分と急じゃないか。ということは俺にとって辞表を総務課に出すのがラストミッションってことか…
はぁ。また怒鳴られるんだろうな」
心底鬱陶しそうに01はため息をついた。
「いや、その必要はない」
03の意外な返答に一瞬の間をおいて01は質問した。
「それはどういうことだ?」
「02の報告で分かったことは、この地球という星ができて46億年。現代に繋がる新人類から数えて20万年が経過した。
その間、人間は絶えず争い、絶えず破壊活動を繰り返してきた。
最近は地球からの飛翔体も目立っている。
これを軽視することはできないと判断した本部は、我々に最終ミッションとして地球の破壊命令が言い渡された」
「良かったな01。辞表を書く手間が省けてさ」
「辞表を書く手間が省けたとしても、本部への最終レポートは何て書くんだ? 地球が粉々になった後に書くことなんて俺には思いつかないな」
「それなら心配ない。我々にとってはボタン1つで済む仕事を人間は20万年かけて行っていたと書けばいいだけのこと…」

次の日、人々は夜空に輝く綺麗な流星を見つめていた。 #ショートショート #小説

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?