予知夢
男は毎晩同じ夢を見ていた。その夢というのは、真っ暗闇の中で自分が身動き一つできずにいて、そこを「ゴオオオオー」という轟音が迫ってくるというものだった。決して後味のいいものではないし、何度も何度も同じ夢を見るので、男は同僚に話してみることにした。
「きっと、お前疲れているんだよ。何か逃げたいことでもあるんじゃないか。そうだ、何か他に悩んでいることがあれば相談聞くよ。今晩飲みに行こう」
男はあまり酒に強くなかったが、同僚の心遣いが有り難かったし、気晴らしも必要だろうと飲みに行くことにした。
その日の夕方は大気が不安定で局所的な大雨が降るという予報が出ていた。男の肩を大きな雨粒が叩いたのは同僚と居酒屋に向かう最中のことだった。
「やばいなこれ!おいっ!あそこまで走ろう!」
同僚が指差した先には歩行者トンネルがあった。男の鞄の中には大切な書類も入っていたので、極力、雨に濡らさないように抱きかかえて走ることにした。男より先を走っていた同僚が地下トンネルに入った瞬間、男は連日見ている夢を思い出した。
「まさか… このトンネルじゃないだろうな…」
男の足が止まった。
「おい!何してんだよ!雷も鳴ってきた!早くこっちに来い!」
しかし、その声は男の耳には届かなかった。
「悪い、やっぱり俺行けないわ。今日はもう帰るよ。また誘ってくれ…」
「何言ってんだ… お、おい!危ない!」
男は踵を返し、ずぶ濡れの革靴を踏み出したが、そこに地面はなかった。水位観測のために開けてあったマンホールに気付かず、前屈みのまま男は深い穴に吸い込まれていった。
意識は朦朧としている。
何があったのか分からない。
全身を痛みが襲う。
落ちたのだと気づく。
男は次に上流から押し寄せる大量の雨水が来ることを知っていたが、それと同時に身体が動かないこともーー。
#ショートショート #小説
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