飽食

それはいつもの昼の風景だった。
僕の視線の先で同僚のAは手慣れた手つきでふりかけを白飯にかけようとしていた。
「Aはさ、いつも同じ弁当食べてて飽きないの?」
「うーん。別に」
「ふりかけと唐揚げと味噌汁を毎日食ってたら、さすがに飽きるだろ?」
Aはその手を止め、少し考えてから答えた。
「まぁ、確かにそう言われればそうかもしれないけどさ、俺の毎日なんて白飯にふりかけをかけてやり過ごしてるようなものだから、これに飽きてしまったら毎日なんて無くなっちゃうんだよね」
僕の何気なく言った一言が、Aの心を傷つけたように感じられた。それに食事時に暗い雰囲気になりそうだったから、僕は話を逸らした。
「でも、Aには毎日、弁当を作ってくれるお嫁さんがいていいよな」
「何だよ急に」
「いや、Aのほうが幸せに見えただけかもしれないな」
それは僕の率直な感想だった。
「お前のほうこそ毎日同じものばかり食ってて飽きないのか?」
今度はAが僕に質問をした。
「これは小さい頃からのクセなんだよ。好きなものを飽きるまで食べて、飽きたら次に好きなものをまた飽きるまで食べるのさ」
「へぇ。変わってるよな、お前」
「そうかな?」
そう言うと僕はナイフとフォークを動かして、そろそろ食べ飽きてきたビーフストロガノフを口に運んだ。
「そんなもの毎日食ってる奴なんていないぜ? お前が注文してシェフが駆けつける音でそろそろ休憩なんだなって分かるようになったわ」
「まぁ、独身貴族ってやつさ。次は何にしようかなぁ」
「絶対おかしいよなぁ。唐揚げと交換しない?」
「嫌だよ。食べなくて分かるようなものなんて食べたくないし」
「ひどいこと言うなよぉ」
そんな僕をさすがに怪しんだ経理部は調査を進め、不自然な収支と監視カメラに映る怪しげな男(僕です)を証拠として警察に被害届けを提出した。後日、僕は会社の金を横領していることを深く謝罪し、毎日臭い飯を食べることになった。

✳︎日常から始まって、急角度でボケてブタ箱に入っていくスピード感を楽しんでほしいですね。
#小説 #ショートショート

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