生存者の証言

初めまして。自己紹介をしたいのですが…私にはあまり記憶がなくて、こうやって考えている今もどんどん忘れてしまうのです。
かろうじて覚えていることは、数えきれないほどの人々が私と同じように脱出を試みたということです。残念ながら、どうしてあれほどの人々が急き立てられるように走っていたのかは覚えていません。その最中に多くの人が命を落としました。最後まで私の隣にいた方もシェルターの手間で力尽きてしまいました。残酷なことにこのシェルターの定員はたった一人だったのです。こんな理不尽なことがあっていいのでしょうか? あれほどの人々が助けを求めていたのに、私は自分だけ助かってしまったのです。もし、そうと知っていたなら私は誰かにその席を譲ったでしょう。
シェルターの中は快適とは言えないまでも、食料があり不自由はありませんでした。時々、振動や外から音が聞こえましたが窓がないため確認はできませんでした。私は生き残ったことの罪悪感と、これからの不安を抱えながら眠る日が続きました。
しかし、ある時を境に安全なはずのシェルターが小さくなっていることに気づいたのです。私はパニックになり、助けてくれと壁を叩きました。何度も何度も叩きました。無意味だとしても、そうしなければ精神が保てないのです。壁に耳をつけると微かではありますが、外から音が聞こえました。外敵の可能性も考えましたが、外には生存できる世界があるのだという事が唯一の救いでした。
いよいよシェルターの中の空気も無くなってきた頃、私は絶命した彼のことを思い返していました。私には記憶がありませんでしたが、道中、彼には記憶があると言っていたのです。
「僕には名前があって、絶対に会わないといけない人達がいるんだ。とてもいい人達だから君にも会わせてあげたいな」と。
うろ覚えではありますが、最後にシェルターの手間で「先に行ってくれーー」と彼が言った際、名前を言っていた気がするのです。ああ、さっきまで覚えていたはずなのですが、申し訳ありません…大切なことなのに忘れてしまいました。
そしてとうとう、壁は皮膚呼吸すらままならないほど押し迫りました。私は死を覚悟しました。もう考えることをやめました。死ぬのですから。その時、あなたの声が聞こえてきたのです。
「頑張れ、あと少しだ!」と。
私は頭上から鮮明に聞こえるあなたの声を頼りに壁をよじ登ることにしました。どうやらシェルターの壁はすでに壊れているようで、長い洞穴というかトンネルのようになっていました。十分な酸素はありませんでしたから這い出るのもやっとです。意識を失いかける寸前に誰かの手の感触を感じ、その直後、そこには刺さるほどの眩しい世界が広がっていたのです。まるで私は生き返った気分でした。
「ありがとう。本当にありがとう」
私はあなた方に心から感謝の言葉を伝えたいのですが、長いシェルター生活のせいかうまく言葉が出ないのです。本当にありがとうございます。
「私のことより赤ちゃんは?」
「おめでとうございます。元気な男の子です」
「名前はもう決めています。この子の名前は人を助ける希望と書いてーー」
どうやら彼が言っていたのはあなた方のことだったようです。
「見てあなた、この子なにか言ってるみたい…ほら」
「きっと、ありがとうママって言ってるんだよ」
「こちらこそ。生まれてきてくれてありがとう佑希」

#ショートショート #小説

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