自然派、勇者

大陸でもっとも巨大な肉体をもつ、ある人魚は疑問であった。なぜ、魔王を名乗った辺境の蛮族は勇者と喝采される男に討伐されたのに、自分のもとに彼は来ないのかと。勇者は悪とされるものを倒すと聞き及んだ。

ならば、巨躯に見合うほどの生き物を食らってきた自分は、なぜ彼にとって悪でないのか?

人魚は不老不死の肉体がある。これを知った連中はなぜだか不老不死の肉体を食べればその効用にあやかれると信じて、それなりの数の人間が命を狙ってくる。

人魚は、ほかの人魚を守るためにも、こうした連中は握りこぶしで粉砕してきた。あの魔王が倒されたときいて、いよいよ次はこちらに来るか、とはじめ一ヶ月は身構えていたのである。が、勇者とやらは、どうも故郷に帰って自分の暮らしを始めたらしい。

なぜだ? なぜ、こちらに来ない? この海の魔物を殺しに来ないのか?

実のところ、勇者も西海のくじら人魚を倒してくれともう何回も頼まれている。けれど勇者はすべてを断って、今はもう畑仕事に引退したからさ、なんて軽口を叩くのだった。

親しい友人にだけ、勇者は明かした。

「おおすぎる生き物はそこまで成長するのにどれだけの苦労をしたことか。おれには想像もつかない! 偉大な体に傷をつけて、あまつさえ千年樹を切り倒すようなぶすいな殺害なんて、おれは興味がないよ」

勇者はただ、会ってみたいとは思っている。それはだが観光旅行のような心持ち。ささやかな、憧れによるものだ。

千年樹。何千年と生きた不老不死の巨大人魚。そんなものを殺す相手こそが、勇者にすると、許せないと思える相手だ。魔王はそんなやつだったので殺せたにすぎない。

「やっぱり、オーガニックだよねぇ」

なんて、勇者はそんな男である。


END.

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