コレクションと誕生日
観藤はるかは40歳の誕生日バースデーケーキを自分で買って帰宅した。アパートの階段をかんかん言わせて2階にあがって203号室へ。会社から帰ってまずは風呂に入って、それから簡単な夕食。およそ20年間は継続されている、毎日のルーティンワーク。
「お、お、おおー」
今日は、夕食とケーキのあと、パジャマに着替えてから、薬局で買ってきた話題の製品を試してみている。メガネ用の泡石鹸とやら。
「すごーい。ぴかぴか。フレームのが、ちょっと汚いなぁこれじゃ」
錆びてきたフレームは、黒い。入社当時からずっと使用しているスクエア型の黒縁めがね。
メガネを洗い終えると、観藤はるかは、すちゃ、とそれを自分の目元に装着させる。すっぴん、地味な顔立ち、いたって平凡な40歳のおばさんが鏡に映っている。
「うーん。いつもよりキレイな気ぃする」
(メガネだけが)
普段はやらないが、今日は、メガネのために角度を変えて、あちらから、こちらからと自分の向きを変えて顔かたちを観察した。肌のシミを新たに見つけて、皺が増えたな、なんてメガネとは別件の感想ばかりが胸に上昇する。
(もう40歳だもんねぇ……)
時間の流れは、はやかった。
ベッドに腰をおろすと、スマホをいじる。さほど連絡相手は登録されておらず、男性は、家族といとこぐらいだ。
40歳、独り身の観藤はるかは、寝っ転がりながら、こんな環境が30年前の自分にあればなあ……、なんて思う。
(ひとりで気ままに住んでて、自由で、可能性しかなくって若くって。ひとりで住んでる、てのが重要よな。うちの親なんかアレもダメ、これもダメ、ダメダメばーっかで、アニメすらろくに見せてもらえなくって……)
観藤はるかは、やおら起き上がると、本棚に並べてるプリキュンのDVDコレクションをベッドに陳列した。
観させてもらえなかった、初代の作品。
近年、とても傑作だ! と感動した作品。
個人的には好きだけど、世間的には人気がとぼしかったようなので、ブランドを応援するために購入した作品。
ずらずらずらぁ~っとならぶと、壮観だ。
ベッドが埋められて、観藤はるかは立ち上がる。いつもなら、プリキュンかわいい! 癒される~!! と記念写真など撮影しておくが。
だが、今日は、溜め息を漏らして、よどんだ眼差しでこれを見下ろした。
(……これで、30年前に戻れれば、なぁ……)
30年前の、まだ少女だった自分に罪があったような錯覚が起きた。
そんなはずはない、すぐさま思い返すが、あの当時のまだ若い父親や母親の顔が思い浮かんできて、はるかを叱責した。『いつまでも子どもなんだから、アンタは!! こんなもの観るのやめなさい!!』
はるかはアパートのワンルームでひとりきりなのに、大勢にかこまれて、叱られている気分になった。おまえは、おまえは!
はるかは、30年前のまだ少女の自分へ、虚しく呼びかける。この声、届けて欲しかった。
(ごめんね。助けてあげられなくて。ずっと後悔してる。助けてあげたかった。ごめんね、自分を助けられるのは、自分だった、のに)
(自分しかいないってのに、見捨てた、あたし自身を……)
コレクションDVDを眺めて、最新作にいたってはパッケージの封すら破っていないそれを眺めて、窓の外は遅くなる。明日も会社がある。はるかは、コレクションを本棚にきれいに並べて戻した。誕生日のお祝いに、こんどは映画シリーズのDVDも買お、なんて胸にうめきながら。
ワンルームアパートの電気が消される。
あとあじのわるい、にがい味が胸裡に居残った。涙の味、なんて連想ができるほど、子どもではあり得ないのだった。にがみはビールの味だろう。
END.
読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。