人魚姫のあたし、こんにちは。
蒸発した。母さんと、父さんが。あたしは棄てられた。
数年して、児童保護施設とやらの漢字も意味も知ったある日、里親になってくれるらしい知らない女と男と面談が組まれた。
あたしは耳をうたがった。
「はるかちゃん、とっても辛抱強くてがまんづよくて、良い子なんですよ。ウチでも文句ひとついわず、いろんなことをお手伝いしてくれるんです。はるかちゃん、やさしい良い子なんですよね」
馬鹿じゃないか、と思った。
そんなのは打算だ。あなたに。あなたに、気に入られたかったから。施設でみんなのお母さんをしているミツコさん、あなたに、あたしを大事にして欲しくて。
「はるかちゃんはですね、」
ミツコさんは、穏やかに笑って昔の写真などをテーブルにならべる。里親になってくれるかもしれない、知らない人達が覗く。
骨が。ほねがとけて心臓がどろりと蜜になって隙間から抜けて、あたしは空洞化する。あたしが蒸発する。
施設にいるんだと骨身に染みてから、ミツコさんの良い子になろうと努力した、あたしが、蒸発する。
ミツコさん。ミツコさんも隣に座っているのに蒸発した。
みんな、蒸発する。
みんな、人魚姫だった。
唯一、ほんとうの母さんとやらとの記憶でもあった。絵本を読んでくれた思い出。人魚姫。蒸発して消える物語だった。
みんな、みんな人魚姫なんだ。誰かのなにかになろうとしたって、みんな、人魚姫なんだ。
どうせ、消えるんだ。世の中はそういうふうにできているんだ。どうせ寿命は70年前後だろうし。みんなみんなみんなみんな、人魚姫なんだった。
そう思っていると、あたしは、御堂はるかは、何者でもないし何にでもなれるんだと痛感ができた。ああ、あたし、人魚姫だから。
性格くらい、なんてこと、ない。
「はい。私は今まで、誰からも好かれるように努力してました。あの、うちの子たちの評判まで落としたら、申し訳がなくてです」
さようなら、ミツコさん。さよなら。
人魚姫のあたし、こんにちは。
END.
読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。