悪霊のこ

水戸宇遥は幽霊になってしまった。深夜、コンビニに行こうと自転車ですいすいと走っていたところ、軽トラックに激突された。しかし遥は目をふたたび開いた。

よく読んでいたネット小説にあるよーな、異世界転生!?

一瞬、期待した自分はバカだな、など遥は思う。
目覚めた遥は、その小道の角に束縛される『地縛霊』なんて存在になっていた。



「わあ、るかちゃん。イオくん。献花にきてくれた」
菊の花をジュースのペットボトルを置いて、クラスメイトたちがしゃがみ、手をあわせる。遥はそれを後ろからふよふよ浮きながら見下ろした。
ざわざわ、不穏な声がする。遥は、死んでから、なんで幽霊っていうと悪霊のイメージがあるんだろ、なんて疑問の答えを知った。幽霊は『聞こえる』、常に『聞こえる』せいだ。

……いきてる、いきてるぞ……
……こっちは死んだのに……いきてるぞ……
「う~~~~ん……」
遥は、ざわざわした不穏な声に取り憑かれながら、その場でひっくり返ったりなどして浮遊する。

少し、離れたところにいる地縛霊が、おーい、おーいと呼んだ。

「呪うなら今だぞぉおおおおお」
「あ、どうもー。いやー、でもよくしてもらった記憶しかないし~? なんか無節操に呪っちゃったらいよいよあたしも終わりじゃないっすか?」
「もう死んでるぉおおおおおおおお」
「そりゃそうっすけどね」

遥は、肩をすくませる。クラスメイトのうち、男子の方がなにやら「悪寒がする、もう行こうぜ」なんてことを言い出した。

……なまいき……なまいき……
……祟れ、祟れ……

「う~~~~~~~~~みゅ」
ざわざわ、不穏の塊に取り憑かれて地縛霊になってしまった遥は、どこからともなく聞こえる悪鬼の声につつまれながら、それでも、うーん、と悩むだけだ。
「そんな、誰彼構わず、ッて。悪霊なんて、ピンとこないんだよね。なんでこんな場所に縛り付けられてるんだろう」
「今に誰かを呪うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおお」

離れたところの地縛霊へと目を凝らせば、真っ黒いひとかげのその霊は、ニンマリと笑っているらしかった。半分に三日月を寝かせたほどの、白い色が口元に昇っていた。

遥は、耳をふさぎ、両目を閉じて、クラスメイトがとっとと消えてくれることを願った。
「――あ、別に、呪うって意味じゃないよ」
誰にともなく言い訳する。ざわざわ、不穏の声がうずまき、遥の背後でいますぐに誰かを祟り殺せと、声はないのに命じている。

別に……、遥は、言い聞かせるように呟く。
「死んだからって、誰かを呪わなくちゃいけないなんて、そんなルールはないと思うんだけど」
ただまあ。いつまで自分がそんな態度をとっていられるかは、謎だ。
「のろええぇえぇえええ、ころせぇぇええええ」
「いや~~~~、あはは」

ぽそ、と口元に呟く。それはもしかすると、隣のテリトリーの地縛霊がかつて通った道かもしれない。世にいる悪霊の全員が通った道かもしれない。
「こんな環境にずっと居たら、誰か呪っちゃうのかな?」

未来、遠い未来、あるいは近い未来。
ざわつく声や隣の地縛霊や、あるいは遥自身の発狂によって、遥はひとを祟り殺すようになるかもしれないが。だが今は。まだ。遥は、遥だった。
事故死してから、まだ四日目である。



END.

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