ミチ路ミチミチしてるやつ
ミチの知ったことは、さほど重要ではない。どんな知識も真実もこの世に自分だけがしっている、なんて比率にはなれない。
けれど、言葉にする方法は、たったひとりの自分だけに依るものだった。
知識や真実を伝える言葉は、自分の、今までの、蓄積の人生を背負っているからひとつきりだ。
ミチは今さらながらに気づき、頭をミチミチさせていた。内側からパンクしそうにミチッている頭が、悲鳴を、拒否をあえぎ、うめき、なんとかしてなんとかしてとミチミチしてミチを焦らせる。ミチはTwitterに呟いてみた。
人魚を見つけたよ。
誰も、だぁれも、相手にしてくれない。イイネ! ひとつなし。インプレッションは、残酷なほど数字を真実として突きつけた。表示回数は9回。まったくもって、世界に知らせるべきニュースなのに、今や最適なツールはあちこちにあるのに、路則(ミチノリ)はずっと現実ではなくフォンダジックな世界観の証明を考えてきたから、誰かに情報を発信するなんて、やり方を知らなかった。
新聞社やネットニュースの会社に電話しても相手にされない。次第にミチミチしたすえ、ようやく「ぽん」とTwitterに呟いてみた。自分でニュースの源になることにした。
でも、表示回数は9回。こんなにツールかあるのの、ミチのニュースにはなんら価値を見出してもらえない。
海で捕まえた人魚が、ミチの後ろで、尾をちゃぷちゃぷさせながら、風呂釜のなかで笑う声がした。だからいったじゃないの。女の性質の声が聞こえた。
乳房をたらし、下半身は巨大な魚の尾を垂らしている彼女は、手錠をはめらながらも、風呂釜から上半身を伸ばしてミチをあざ笑う。
「いまどきさぁ。人魚の肉なんてさぁ、だぁれも気にシナイの。時代ちがうんだよぉ? アタシのインスタのがぁ、アンタのツイよりさぁ、見られてるよ。うぷ、うぷぷっ!!」
ミチの頭がミチッミッチッミチと鳴った。ああそうだ。人魚を殺す動画なら、バズってくれてニュースになるか? ミチミチした答えは、血まみれていた。
ミチが歩いてきて、その手に肉きり包丁があるのを見て、人魚はけらけらと愉快そうに笑った。入れ墨みたいに、メイクしてある、美しさを刻んである美貌を歪にした。
「やッてみな。コンの時代遅れの弱者! 情報弱者! 弱虫男っ!!」
ミチミチ、ミチミチ、ミチは、頭のなかの音を聞きながら、包丁を振り下ろした。
翌日には再生回数200万ほどのYouTube動画のスマホ写真とスマホと、アカウントバンされた、YouTubeのアカウントの削除通知が表示されたノートパソコンが、ミチの机にのこされた。風呂釜は血だらけになって誰もいなかった。ミチもいなかった。今朝にはもう、逮捕されているからだ。
ネットでほんの少し、与田話が好きな連中が、ハッシュタグをつけて会話した。トレンドにすら載らない、小規模の交流会だった。
『ほんとに人魚姫なん? #多摩川の殺人事件 』
『死刑になったらわかるけど一人じゃ死刑になんねんだわ。ざんねんー。 #多摩川の殺人事件 』
『キチってるやつゃ呑気でいいな マジ人魚なら売れや #多摩川の殺人事件 』
『誰が買うんかとw』なんて、知らない者たちがリプして会話して、人の噂は75日と言うけれど、今の時代は3日間も保たないから、ここ話は、ここで終わりだ。
ミチの体がどうなっているかは、ネットのひとたちの言うとおり、死刑にもなれないから、知る由がない。だれも。どこの誰もみんな。知る由はない。
風呂釜の血は、数日後、清掃会社の従業員がひとりっきりで清掃した。マスクをしている若い女であった。
彼女は、ぽつりと、呟いた。
「血、生臭くてクッサくてやば」
マスクを5重にして、やっと、清掃作業に戻った。
その日のうちに、風呂場は白くなった。
ミチは自分に弁護士をつけることも断った。百年先もおれの弁護士できるやついんのかよ、陳述があるが、担当感が矢印を引いて意味不明な供述、と、メモをしたものだけ、残されている。
END.
読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。