『おこた』の恐るべき吸引力

足が生えた人魚姫、さて、浜辺を全裸で歩いているところ、無事に保護される。時は昭和53年、日本は戦後発展を遂げて成長期にあるがそれはそれとして、海の世界では、最初の人魚姫以来、次から次へと魔女に頼んで陸にあがって帰って来なくなる人魚が大量発生していた。この度の、人魚もまた、そんなうちの一匹だ。

ただ、なにがそんなに、魅力的なのかしら、と彼女は思った。人魚たちは、なににそんなに、惹きつけられて海を後にするのか。

時は昭和、高度成長期。とある寒村でもその波は届いており、丘の上の屋敷主人が人魚姫の美しさに惚れ込んでしまった。彼女を家に招き、雇用して、手元に置きはじめた。

人魚姫は、運命と出逢う。

コタツだ。

こたつ。文明の利器。人間のものと同じ、二股に分かたれた足をこのぬくぬくする装置に入れて暖まる。人魚姫はもうすっかりほれ込んでしまい、そのくせ夜になって寝ると妙に冷たく、体をあちこちと痛めてくる不思議な装置。優しいようで、冷たくもあって、人魚姫はコタツに入ることが生きる目的になった。ぬくぬく。ぬくぬくがいい。

さて、使用人として雇われている彼女であるが、使用人部屋のコタツに寝泊まりして働き方などちょっとノロノロしてはっきり言えば下手くそで、しかしコタツが大好きな愛嬌のある言葉のしゃべれない美人な彼女である。

屋敷の主人は、最高級のふわふわ布団付きコタツを購入して、人魚姫にプロポーズをした。人魚姫は、飛び跳ねて喜んで夫となる男に抱きついた。海に人魚姫が戻らないわけである。

こうして、『最愛のもの』と結ばれた人魚姫は、泡と消えることはなく、それはもう末長く幸せに暮らしてゆく。

めでたしめでたし。


END.

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