三道の武家むすめ

三道遙佳は、三道に通じている。彼女の場合は兵法のことで、兵を用いるための三つの方法である。

いわく、正兵――
正々堂々と自陣をはって真っ正面から戦いに挑む軍隊。
いわく、奇兵――
敵を不意打ちし、討ち取る軍隊。
いわく、伏兵――
敵の不意をつくために、待ち伏せなどしている軍隊。

三道に通じる、三道遙佳の家は、もとは武家であった。それは100年も昔の話だが、日本刀を禁止されようが、本家が廃れようが、遙佳の家では武家の教えは生きていた。
だから、遙佳は、公園で男の子がいじめられているさまを目にして、「大人を呼ぶよっ!」などといじめっ子を追っ払ったあとで、

「ところで軍隊、必要? 辻斬りしてほしい?」
などと無闇にたずねるような女子だ。

そんなこんなで遙佳が大学生になるとき、弟子に相当する中学生、高校生などは20人を超えていた。
「三道先輩、進学おめでとうございます!!」
「遙佳さんこれ、うちのお母さんがつくったものなんですけど。遙佳さんが好きなフルーツパウンドケーキです、お納め下さい」
「ありがとう。皆」

おばあちゃんが一人暮らししているうえ、婿の家でほとんど生活しているため、てきとうな空き家がある。そこが、三道遙佳たちの拠点だ。
「三道! 明日、桑馬中学と漫罵中学でやりあうらしい」
「へぇ? ッて言うことは――、両方の頭目がついに決着をつけるのね。この時期、てことは、今の頭目が卒業する前にカタをつける気かしら」
「どうしますか? 姐さん」
「見守りましょう。見所があるやつがいたら、接触を考えますけどね。偵察に混ざれる者は誰かおりますか」
「おれ、弟が漫罵中学です」
「それはすばらしい。まかせましたよ」
昭和年代のふるびた家具、かびくさい空間を不法占拠して木造りの椅子に腰かけながら、三道遙佳はほほえんで拍手を送る。

三道遙佳は、さながら蝶が飛翔する方法を知っているように、軍隊を編成する方法を知っている。当然のように、手駒を集めてコレをあごで使う。
(将来は、官僚になりたいわね)
三道遙佳は、政治学のテキストなどを自宅で整理しては予習して、武家の生き残りの化身であるかのような自分自身に、満足していた。

していたのだった。



「遙佳さん? まあ、同じ名前! わあよろしく。わたし、三導ハルカって言います。仲良くしましょう」
「――ええ」
大学生活、一日目。隣の席に座ってきた、いかにもお嬢様な見た目の、上品なくちびるが印象的な女が名乗る。目が二重でぱっちりしていて清楚。ワンピースを着て、パンプスを履いて、小ぶりなリュックサックを背中にぶらさげて大学校内をちょこちょこと歩いている大学生だった。
遙佳はハルカと友達になった。

半年も経たぬうちに遙佳が気づく。いつのまにやら、懐に攻め入られた。自分は討ち取られる寸前だ、と。

いわく――、三行。
三行と呼ばれる、さんこうも、あった。

(三つ、よき行い。子が親になすべき孝養と葬礼と祭事のこと。父母に孝行を尽くすこと、賢く善良な者を友とすること、師や目上の者に従順であること……)遙佳は、自分では、これは無理だとだいぶ以前から知っていた。そんなことよりも、と、三道の学びを優先した。自分は武家なのだから、と。

「遙佳ちゃあん。お弁当! 見て~。タコさんウインナーにしてみました、どおーん!」
「遙佳ちゃああん。見て~、サンドイッチ! 今日はなんと、卵焼きのサンドイッチです! どどおーん!」
「どーん! 遙佳ちゃん。明日食べたいものなんてある!?」

純真無垢なペットが目をきらきらさせる。ハルカはそんな女の子だ。年の割に純真無垢でまっしろで、まっすぐな魅力があった。
遙佳は、磁石がくっつくしかないように、引力に惹かれずにはいられなかった。
「タコウインナー、かわいー!!」
「あー、それね。テレビで見たってサンドイッチね。わあ、うれしい、ウチの家じゃぜんぜん、そういうの食べさせてもらえないもの」
「明日!? 明日、あした、……明日!?」
遙佳は、胸をワクワクさせてしまい、明日はどんなお弁当かな、なんて楽しみを見つけてしまう。

月末、今日もまた不在のおばあちゃんの古家にて、軍隊の定例集会は行われる。その直前日の夜に、遙佳はリクエストした唐揚げ弁当をハルカにつくってきてもらって思わず、涙がでそうになった。

(どうしてかしら。ハルカちゃん、ハルカちゃんとの子どもが欲しい。ハルカちゃんを抱きたいし抱かれたいし、私はこんな人間じゃなかったのに。最強の女官僚になるはずだったのに)
(コレは、尻に敷かれた、という話なのか?)

三道遙佳は、認めざるをえない。
自分の三道は、彼女の三行に、敗北している。

そして、それは、とても甘美な幸福だった。ここは現代で軍勢など編む必要はないし、男子たちの小競り合いや半グレ連中との抗争や暴走族潰しなどする自分はさも異物として認識があらたまるのだった。
今では、遙佳は自分が女の身に産まれたことがうらめしかった。
男なら。男ならば。ハルカに甘やかされながら、躊躇なく、この覇道にも邁進できたんではなかろうか!?

「三道せんぱい!」
「やりましたよ! 漫罵中学のボスが乗っ取られました」
「歌舞伎町の半グレの目白組って今、動いてるじゃないですか? 遙佳先輩、どうしましょう。いつまで生かしておきます?」
「コイツらはそろそろ潰しておきます?」
「……そうね」

古民家の武士娘として、遙佳は手下の男どもの報告に耳を傾ける。話は聞いているが、溜め息は漏れた。
「……悪道に落ちたそいつらにも、お弁当をつくってくれる友達と三行さえあれば、三道遙佳なんていらなくなるものですね」

「……先輩!?」
「……姐さん!?」
「ううん、なんでもないですのよ。さて、では漫罵中学の残存勢力を、こちらに取り込みしましょうかしら。工作班はうごける?」
「うごけます。任せて、姐さま!」
「優秀ね。すばらしいわ」

三道遙佳は、ふと思う。
昔の武将も実はこんな人間性だったりするかしら。
こんな、矛盾した内面を抱えていたり、するかしら――?

三道遙佳は、武家の戦いに現代にして身を投じながら、しかし明日の弁当のおかずの交換ごっこやらハルカとのおしゃべりやら、とても楽しみだ。
(知らなかったな、こんな、女だったなんて!!)
遙佳は、矛盾した気持ちのいたばさみになりつつ、ちょっとボロになってしまった三道を歩く。



END.


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