田舎、うわき、少年愛と

翠童立芳はぶちぎれしていた。なぜって、恋人の浮気相手が数軒先に住んでいる――田舎なので土地はあまっているが、少し離れた近所、というのは間違いない――小学生、それも男の子に手を出していたと発覚したからだ。

立芳は、クローゼットをぶちまけ、めちゃくちゃに旅行かばんに詰めこみながら激憤する。真夏の汗に濡れて湯気がたっていた。

「しんじらんない、しんじらんない、あのクソ野郎!!」
「あんたがベタ惚れしてたのにねぇ」
うしろで、起き抜けの姉が、パジャマ代わりの短パンとキャミソール一枚で、床に背をもたれさせながら薄ら笑いを浮かべている。
「変態男だったんだ、アレ」
「しんっっっじらんない!!!!」

お気に入りの純白ワンピースだって無遠慮にかばんに向かってブッ叩きながら、パンチのこぶしをにぎりながら立芳は燃える。煮えたぎるマグマと化して怒りはとどまるところを知らず、アイツの家には火でもつけてやりたい気分だった。
「アイツ、アイツ、まだ小学生の男の子に手ぇだして――ッ、んなのそれだけでも最悪なのにアイツ、なんつったと思う!?」
「なんて?」

「おまえは、5年前に引っ越してきたから知らないだろうけど、ちっちゃい男児を愛して囲っておくのはこの村の古い習わしなんだよ」
声をひそめて、本気で怒り狂っている立芳は、しかしあの男の声まねをしてかしこばって言う。言いながら鳥肌を立てた。
キィィーッ!! 安っぽいドラマや漫画で表現されるほどの奇声が、自分の喉を擦過して突き抜ける。

「バカじゃない!? あほじゃない!? 田舎は、これだから田舎は、ってずっと思ってたけど最悪っっ!! いちばん最悪だよ!!」
「村の風習? へぇ、そんなのあるんだ?」
姉は、目をしかめて、村人各人を思い返しながら眉間を皺寄せる。「じゃあ、集会所であったあの爺さんもあの子ももしかするとって話?」

「知らない!! とにかく、ヤッてるところ――、見た!! 最悪、最低、通報していい!? 通報案件だよね!? 逮捕されろ!!」
「そりゃ児童虐待だろうけど。……古くからの習わし、ねぇ。ていうと稚児耽溺の因習ってやつか。昔の日本でも将軍さまとかお稚児さん可愛がっててアラブの地、アフガニスタンなんかじゃ今でもよく行われてて、どっちかっていうとメジャーな闇の歴史よね」
「知、る、か!! 死んじゃえあいつ!!」
ボサボサになった髪の毛をむしるように、頭を抱えて立芳は狂乱する。現場を見てきたばかりで、早朝の青い空気に晒される、彼らの青白い肉体はまだ眼球にこびり付いていた。

「ああああああああああああああ!! もう嫌っ!! だから田舎って、こういう古くて堅苦しい場所って、大嫌いだ!!」
立芳は叫びに叫び、リュックサックにお気に入りの雑貨をざざーっと流して家出の準備に走る。姉は、ふあ、とあくびして、感慨深げな表情だ。
「5年もかかってるかぁー……。やぁっと尻尾をつかんだってのに、立芳あんた、もう帰る気?」
「帰る!!」
「そ。ま、あんた恋人つくってたし、それじゃ仕方ないかもね。でもあたしは残るわよ」
「好きにすれば!! あたし、東京に帰るから!!」
叫び狂って立芳はヒステリーに陥ってわんわんと怒号と罵声をあげながら家のなかをひっちゃかめっちゃかにする。
どん、どん、玄関にどでかいバックやリュックが積まれた。

立芳の姉は、パジャマから着替えて、辺鄙な田舎にするとちょっと異質な、真っ白いワイシャツを着て、パンツスーツを履いた。
「じゃ、あんたの元カレに事情聴取といきますか。犯罪を黙っててあげるんだから、あたしの仕事くらい、手伝ってもらわないとね」
「ショタコンの変態だよ!? お姉!?」
「でも、それがあたし仕事だし」

「本気だったの!? お姉、まじで? バッカじゃないの!? どいつもこいつも頭古くってバッカじゃないの、今、西暦何年よ!?」
「2000年はとっくに過ぎてるわ。でもあたし、大学じゃずっとこーいうところの民話あつめてたし、やっとこさ本場のフィールドワークができるのよ。立芳、あんた通報したいかもしれないけど、こういう田舎でのこういう犯罪は握り潰されるのがオチだよ。それよか、あたしが論文にまとめてあげる」
「それがなんになるってーのよ!?」
「世界に知ってもらえる、チャンスになるんだよ」

仕事着に着替えた姉は、苦笑しながら妹の荷物の山をどっこいせと避けて玄関に出た。パンプスではなくスニーカーを履き、万が一には走って逃げられる心構えをしていた。
妹はそんな姉に一瞬はひるんだ。姉の目的は知っていた。それを田舎暮らしって素敵~、なんて言ってのんきにくっつてきたのが、自分だ。

翠童立芳は苦々しい気持ちで、姉の背中を見下ろした。自分はリュックを背負ってカバンを両手に持って、家出人の有様だ。
「お姉……。あのさ……、いや今更? この村、変なよそ者、殺すんじゃないの? 危ないんじゃないの?」
「危険は承知の上。でも5年もかけて現地に馴染んで、ほらあたし、土産物屋さんのアルバイトでもあるし。なんの良心の呵責もなく殺せるとは限らないでしょ」
「でも田舎だよ、ここ」

立芳は、魔法の言葉みたいね、と思いながら、
「田舎にルールなんてないよ。人情だってないよ。たった5年住んでの感想だけどさ。お姉。死なないでね」
「がんばるわよ」

玄関に立ち上がる、翠童立芳の姉、翠童のおんなは爽やかな白い前歯を見せた。笑って、妹の出発を祝福した。
「でもあんたはここらで逃げたほうがいいね。今度はちゃんとしたノーマルな男捕まえときなさい」
「…………、お姉」
怒りに狂って燃えて発狂して、怒り尽くしていた立芳だったが、最後の最後に残った感情は、姉に対するなんともいいがたい哀愁だった。
哀愁と物惜しさを姉の背に覚えた。

翠童立芳は、そのときの光景と、その哀切な感情を死ぬまでずっと覚えていることとなる。永遠に忘れられない背中となる。セミの鳴き声すらも覚えている。

10日後、翠童の姉妹の上姉は、腐乱死体となって発見された。



END.

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