戻ってきた伸一郎のご飯

伸一郎さんが戻ってきた。放浪癖があり、奇っ怪な怪談を好み、よくわからない話に精通している伸一郎さん。
わたしの旦那でもある。結婚したら変わるかなと期待したけれど、伸一郎さんは、やっぱり伸一郎さんのまま、自由気ままな猫だ。

「伸一郎さん、今回は何処にでかけてきたの? お土産ないなんてめずらしい」

慣れたもので、わたしは伸一郎さんを否定したり怒ったりせず、それこそ野良猫のご帰還のように当たり前に受け容れている。
伸一郎さんは、それになぜだか旅先でお金を稼いでくる。なにをしているのか、仕事なのか、わからないが、伸一郎さんは金脈を探しまわる鉱夫のような夫だ。

伸一郎さんは、わたしがお昼ごはんに食べるはずだった中華丼を食べながら、カップラーメンを食べている妻、わたしを、目を拡げて見つめた。

「? なに?」

「……土産はあるよ」

「? どこに?」

「目の前に。俺。今日の夕飯は俺が俺で作ろうかと。いいかな。美和、おまえ、フロウフシになるのに抵抗感はある?」

……フロウフシ。並々ならぬ単語にハテナが浮かぶ。カップラーメンをすすった。

「なんの話、伸一郎さん」

「……食ったんだ、……お姫さま」

「なんの話、伸一郎さん」

「人魚つわて実在してたんだ。話してたら腕食わせてくれたんだ。今日の晩飯、俺の腕でもいいか。美和、俺を独りにしないでほしいんだ。一生一緒にいてほしいんだ」

野良猫が何を言うやら。
話がよくわからない。だけれど、わたしは、そんな伸一郎さんの不思議なところが大好きだった。ふしぎにぬくもり、温度を感じる。伸一郎さんに愛されていることを感じる。

伸一郎さんの計らいはわからない。
なんの比喩か、もしかすると冗談か、わからない。

「告白? 伸一郎さん。寂しかった?」

「……これからそうなる。多分」

「そうなの。べつに夕飯はなんでもいいよ。伸一郎さんが作ってくれるなんて嬉しい。お料理上手なんだから。わたしよりも」

「……旅先で飯を用意するから」

「伸一郎さんは、うまいことやるよねぇ、いっつも」

「……ああ。今回は特にうまいことやれた。じゃ夕飯は俺の腕でシチューにするから。大丈夫、ふつうの肉と変わらないしおいしくつくるから」

「ふーん? わかりました、はいはい」

カップラーメンをすする。晩ごはんはシチューなの、楽しみね。

伸一郎さんは、なんせよ、やたらと物事をうまくまとめるのが上手な男性だ。


END.

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