夜逃げマン

夜逃げをたくさんさせてると人魚姫つうもんはラクだな、と思う。

現代社会でにんげんひとりを消滅させるには、なかなか手間がいる。準備も清掃も念入りになる。おとぎ話みたいに、きれいに泡になって終わり、だなんてのは幻想だ。

現代社会で、泡みたいに消えようとするにんげんの中身なんてのも、ほぼ終わってる。禄な人間になれなかったから、禄な人生を送れなかったから、あるいは脱線事故みたいなんが起きたから、だ。純粋できれいな心で人間は人魚姫のようには消えられない。

すすり泣きながら、鼻水垂らしながら、そんなグチャグチャな現場がいつものことだ。

……だから、ほんとうに人魚姫みたいな、自己犠牲の塊のような少女がツイッターにDMを投げてきたのには驚いた。女の今までのツイートを見ると、どこにでもいる平常の女子高校生に思われた。しかし、蒸発を望むと言う。異常性に惹かれて会ってみることにした。未成年淫行だとかの下心なんざとうに枯れているから問題はありえなかった。

女子高生は、みどうはるかと名乗った。

「あたし、障害があるんです。そんで母さん離婚になって今は連れ子でふたりめのお父さんとこいるんだけど、お父さん、あたしばっかりを気にするんです。ほら、足が、こうですから。本当の子どもたちがいつも羨ましそうにうらめしげにあたしを見る。あたし、それが大嫌いなんです。母さんはあたしがこんな足なのに学校を行かせようとして、父さんはあたしのために家に家庭教師つけてて、そんなのあたしだけで。あたし、居なくなったほうがいいんです。あたしを蒸発させてください」

「……障害があんなら、独りで生きるのはもっと地獄だぞお嬢ちゃん」

「誰かを、傷つけないと息もできない。これって地獄ですよね。あたし、もう地獄にいるんです。みんなを助けてあげたいです」

……自己犠牲の人魚姫が、現れた。

困惑した。なにを、おおげさな。十代の少年少女が思いつめただけ。そんな話にも受け取れたが、数々の修羅場に直面してきた俺にはわかった。

ああ、断れば、この子、自殺するわな。

「わかった。……ああ、金は。いらんわ。バイト代は逃げた先で仕事見つけられるまでの資金にしとけ」

「でも最低でも20マンって……」

「貧乏人からは金はとる。だが、お姫様からはとらねぇわ」

みどうはるかは、ワケがわからなさそうに眉をひそめた。けれど同時に笑った。

「夜逃げ屋さん、ブラックジャックみたいなんですね? 客によって金額変えるあの」

「ダボめ。じゃあ逃げる土地をまず決めるぞ」

「あ。あの、暖かいところ、でないと、足が痛くなるんで……」

人魚姫が実在していたとは驚きだ。こんな女の子の夜逃げを手伝うなんてどうかしてる。

が、この子を自殺に追いやるのだけは、俺の僅かな良心がひどく激高するようだ。こんな子がそんな理由で死んでいいものか。

夜逃げ屋もたまにはひとのために働く。そうかもな。ブラックジャック、かもしれない。

闇医者でも心はあるから、仕事は面倒だ。


END.

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