あの快楽の四度目

「ねえ岡島くん、ちょっと、首絞めてみて」
あ、そっち方面のひとだったのね、と岡島雪丸は憧れの先輩でもある三代子とのアフターで驚愕した。
飲み会、二次飲み会、そしてこのふたりきりでのアフター。以前からそれとなくボディタッチなどして好意は伝えてきたつもりの岡島だから、三代子がタクシー乗り場ではなく、ホテル街のほうへと歩くのなら心はうきあしたつ。喜んでついていった。

誰にも対面せずにすむホテルは、そのためだけに都会に無数にある、そういうホテルだ。岡島雪丸は誇らしい気持ちで入場した。三代子は、酒で飴色に火照った唇をうすくひらき、口角をあげて、楽しんでいるとみえた。

シャワーも浴びずにベッドに膝をつき、三代子はいきなりストッキングを脱ぎだした。岡島雪丸はなまめかしい白い肢体に目をうばわれる。彼女は下着姿になって、岡島に端的に短く、欲求を告げた。こっち、きてよ、と。

もちろん、岡島は飛びついた。そしてワイシャツのネクタイをほどいてスーツを脱ぎ捨ててくんずほぐれつとまぐわろうとする。本能のままに。憧れの貞淑な先輩はやっぱり女のひとで清楚な黒髪に、黒髪にぴったりの黒い瞳にそれによく黒いワンピースを着ていて、今日の私服もそんなものだ。そんな彼女がストッキングを自ら脱いだので岡島雪丸はその光景だけで下半身があつくなる。

しかして、彼女は裸にされながらあおむけになると、そう言った。

「ねえ岡島くん、ちょっと、首絞めてみて」
「せ、センパイ?」
「あたしの首、絞めながらやろ」

同じく裸になった岡島雪丸の右手をつかまえて、三代子が、自分の首にまで誘導する。あたかも自分のBカップの素胸に触らすかのように。
岡島雪丸は、すでに性的な興奮状態にある。けれど困惑して、されるがままに左手まで首に持って行かれて両手で三代子の首を支えてはいるが、なんのちからもこめられずに呆然としてしまった。

三代子は、うふふ、と微笑む。妖艶にしてうつくしい。

岡島雪丸は、やらなきゃ、やらせてもらえないかも、と気がついた。ここまできてそれは嫌だった。恐る恐ると、両手にちからを入れる。三代子の首を絞めていき、セックスを続行させようとする。三代子はうれしそうに目を細めて唇の両端をあげる。そして片手を伸ばし、サイドテーブルにあるガラスの灰皿を、その手にしっかととんでもない腕力でにぎった。

岡島雪丸は、何が起きたかわからなかった。目が真っ赤に染まって、意識は暗転して「ぐぎゃ」などと聞いたことない悲鳴を聞いた。それが自分の声だと認識できるほど、今の岡島雪丸には平常心がない。

ベッドに転がるがわになる岡島雪丸に、三代子は裸体で跨がって、ガラスの灰皿をまた頭上へとかかげた。怪力でそれをふりおろし、ふりおろし、ふりおろし、ふりおろし、ふりおろし、ふりおろし、ふりおろし。

ものの五分のうちに、三代子は、これまでの人生まだ三度しか味わっていないエクスタシーの四度目を充分に堪能しつくし、味わい、恍惚にうっとりして息を肩ではずませながら、ものいわず、うごかず、死人となった岡島雪丸の胸にぺたんと尻もちをつき、ちまみれのベッドで笑い声をあげた。

「あはっ。あは、あはははははははははは。あー、いい、すっごい、いいよぉ、岡島くん、最高、最高、いいよぉ」

セックスで鳴くようにひとりで鳴き、どうぶつのように鳴き、そうして首筋に指先をやる。立ち上がって姿見を覗けば、血飛沫を浴びた裸体は当然として三代子にはこれ以上なくうつくしく快感の塊とみえた。そうして首の手のあと。手のあと。てのあと。ちゃんとしっかりと首絞めしてもらえた。

「――はああ……っ」

溺れきった溜め息を漏らし、股間も濡らし、四度目のエクスタシーを存分にまた味わい、残り香まであますことなく堪能する。
最後の仕上げだ。

スマホをカバンから出すと、三代子は電話した。
声は、今までとガラリと違う。怯えきって動揺するかよわい少女が、泣きながら、それは随喜の涙ではあるが、ともかく泣きながら警察に電話した。

「おそってくるから、おそわれたから、おもわず、反撃しちゃったんです。どうしたらいいですか!? だって、あたし、首をいきなり絞められて、殺されるって思ったんです!!」

三代子は、数ヶ月後に、四度目の無罪放免を受けた。正当防衛を認められてそれが女性警察官からの電話によって告知された。

電話をきって、三代子はまた微笑んで、ああ、自慰しよっ、さいこー、こんな快楽ってほかに知らない、とまた、味をしめた。
彼女を見る第三の神の目があるなら、彼女を連続殺人犯と定義することだろう。
三代子は午後からは出勤する予定だったので、また、通勤服として清楚な黒いワンピースを選んだ。喪服だからだ。

まだ未成年のころ、義理の父親を風呂場で正当防衛として殺めてしまってから、その葬儀で着て以来、喪服は三代子に快楽を与えてくれる。



END.

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