恋の殺人現場からメッセージ
「人魚姫って話、あるじゃん。あの主人公は王子に告白してみるべきだった。肉体があるんだから、抱いて、って迫ることはできたでしょ? 反応が怖いならなおいいよ。だって、受け入れてもらえたらハッピーエンド、肉体だけ楽しんで不倫みたいになるならバッドエンド、拒絶されてもバッドエンド、バッドエンドなら、王子をナイフで刺し殺せば海に戻れるっていう魔女からのオファー、蹴らないよね。未練なんかないよね。王子が、あたしに振り向かないなら、この恋なんて不毛だもん。殺してもいいよそうなったら。相思相愛じゃないなら相手がまだ生きてることすらムダよ」
横恋慕連続殺人事件と世間に騒がれた、かつては美しく可憐な花のようだった、という殺人犯が語る。雑誌記者のハルカはレコーダーに視線を落とし、目を乾きから守るため、ぱしぱしと瞬きさせた。犯人の機嫌をとるためうなずくふりはする。
面会室は徹底的に白くしてあるように感じた。犯人の後ろの壁紙が白いせいで。
あるいは、犯人が明瞭としてハッキリとものを語るから、かもしれない。清冽な水の流れを思わせる、淀みのない声のトーン。真に迫っていた。こんなふうに、恋にも囁くのだろう。
(どこまでも自分勝手なエゴの犯行)
新聞紙面に踊ったリードをハルカは思い返す。
「どうして…、見込みがないと思われるような男性ばかり、選んだのですか? 社長さん、皇族関係者、既婚者など。もっと、ちゃんとあなたを見てくれる、同じような立場のお方のほうが」
鼻で笑って「人魚姫」とまた、犯人は言った。
「難破船からわざわざ助けた男がひとりきりで、そいつが王子サマでしょ。ふつうの男は助けなかった。見向きもしないの。それと同じだよ。普通じゃイヤなの」
「裁判では犯行理由に自分が純粋すぎたと答えていますね。それもまた、純粋であるからこその行動ということですか」
「生物として当然ってコト」
今や、髪をパサパサに乾燥させて、縦にひび割れた唇に荒れた素肌のすっぴんでしかいられなくなった、犯人。犯人はちゃいろく黄ばんだ前歯を覗かせた。刑務所ではホワイトニングもままならない。犯人は今年40歳を迎えるそうだ。
「一夫多妻制があればいいのに、って恋してるときは、思うんだよ。でもダメだね、全員殺して終わるだけなんだ、多分ね」
面会室のあちらとこちらを隔てる、プラスチック製の透明アクリルの向こう側で、犯人は純粋そうな瞳をしている。ハルカはきゅっと胸の奥の扉を閉めた。
この犯人と会話したくない。悲鳴をあげる自分を押し殺す。ハルカが、編集長と不倫してもう3年が経つことなんて、犯人は知らないんだから。誰も知らないんだから。
共感なんて許されるものではない。ただ、迷った果てにハルカはご機嫌とりのため、自分の真実をひとつ明かした。
胸にナイフがザクザクと刺さる感覚。編集長に抱かれ始めるときの気持ちに似ていた。
「私も、人魚姫は好きなんですよ」
END.
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