悪霊のこ続(たんぺん怪談)

高見伊尾にはスプーンいっぱいほどの霊感がある。見える、というより、感じる、といった技能だ。

とある坂道、車道にでるまえの小道が、悪寒を呼び込んでくる。ちょっと前に、伊尾はそこで幼馴染みとともに花とジュースをお供えした。クラスメイトが軽トラにはねられて死んだのだ。

そのときから、いやな感じがちょっとあった。
その『いや』な予感は、日に日に若干、少しずつ、すり鉢のなかですりゴマを完成させるかのように『できあがって』いく感じだ。

二週間もして、伊尾のうちの近所でもあるそこを、コンビニに向かって歩くところで通りがかった。
「!?」
伊尾は、誰かに叫ばれているような気がした。
自分と幼馴染みがお供えしたものが、小道の角にまだある。菊の花は枯れたがペットボトルのジュースは健在だ。それを見ながら、伊尾は、きぃん、とした頭痛に眉をしかめた。

一ヶ月もして、例え友人と一緒であるとしても、伊尾はそこを通るのを躊躇うようになった。ちくちくした悪寒が全身をゆすぐから。
三ヶ月もして、半年もして、一年もして――、日増しに酷くなる。

伊尾が高校三年生になったとき、実際に、そこは『心霊スポット』として有名になりつつあった。小道の角に女の子が立っているだ、呼び止められる、背中を押される、死ねといわれる、そんな噂話が出回る。
もう、ペットボトルですらとっくに片付けられた。あそこで女の子が死んだなんて事実は、かつてクラスメイトでなおかつ親しかった者たちしか覚えてないだろう。

伊尾は、自分にできることなんてないな、と悟っていた。スプーンいっぱいほどの霊能力でなにができるというのか。
『感じる』程度では、せいぜい、普通のひとよりも敏感という程度だ。

なので伊尾は彼にできる生活をただ過ごした。
高校を卒業して、大学生になった。就職活動のために上京を繰り返して、就職先は東京で決められた。伊尾はちいさくガッツポーズを決めて拳を天に掲げた。そうして田舎を出る、それが決まって完全に油断して、コンビニに夜食を買いに行こうとして、小道に突入して角を曲がった。

「――――!」

……ざわり、ざわ、なんらかの気体が渦巻き、伊尾の背中に取り憑く。こしょこしょした声音が死んだクラスメイトの声だった。シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、高速でお経のように唱えられる。
咄嗟に、走って逃げるよりも先に、昔はこうじゃなかったのにな……なんて哀愁を覚えさせられた。
例えば、お供え物を並べたあの日は、気配はあったが、それだけだ。このように伊尾を呪うまねなどしなかった。

目に見えないもじゃもじゃが全身に絡んで、車道に伊尾を突入させようとして前へと押し出す。
伊尾はそれには抵抗して、スニーカーの裏でブレーキを踏んで、妙な圧力加減をふりはらって歩道へと走り出した。コンビニまでひた走りして、白く、こうこうと店内を透かす都会の象徴のような、自動ドアよりも前に立ち止まった。

そして、後ろをふりかえった。
誰もいない。しん、と静まり返った、あぜ道がある。

昔は、人間を呪うなどしなかった、死んだクラスメイトを思い出す。今や心霊スポットと化した例の場所を思い――、ざわ、と胸の淵が悪寒する。

「……死んでんのにな。変わったな、遥」
頭を軽く、左右に揺すって、伊尾はコンビニに入店した。
たららんらん、と、入店の音楽が鼓膜に触れた。



END.

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