底なし沼のお姫様
たまたま産まれた場所が悪かった。動物にも人間にも、どんな命にもありうる話。
かのメス個体は、産まれたときから独りだった。だから彼女はお姫様だった。視界もきかない泥の海に一匹、なぜだかマーメイドが誕生した。マーメイドも産まれる場所を選べないからだ。
泥水は確かに海水ではあったから、それが、彼女の不幸だった。
泥のなかのお姫様。それが彼女。
泥のなか、マーメイドは目がだんだんと不必要になり、瞳を白濁色ににごらせた。手足を必要なくて縮んでいった。髪の毛なんてもってのほか、頭が重くなるだけなので、髪は長くなるたびにお姫様が自分でするどい貝殻などで切り捨てた。汚泥にはさらなるゴミが累積した。
泥の目隠しがなければ、お姫様は化け物のような人魚姫だった。そうなった。ならざるをえなかった。
底なし沼がどこにあるかも知らないお姫様であるが、ドス黒い世界に居ても楽しみはあった。泥に足をとられ、引きずりこまれた犠牲者などを眺めることだ。
様々な命と出逢いがあった。
なかでも、お姫様のお気に入りは、自分とそっくりな上身頃をもつオスの体だった。人間である。今ではすっかり朽ち果てて骸骨になり、お姫様はしゃれこうべだけをよく大事に抱えている。泥のなか、底なし沼の底に陳列させる骨たちのなかから、しゃれこうべだけはよく持ち出していっしょに泳ぐ。
人間はそれをデートと呼ぶかも。お姫様は実際、楽しんでいた。数少ない娯楽なのである。
ただ、傍から見るなら、それは世にもおぞましい悪鬼の歩きまわりだった。
もし、泥のなかでなければお姫様はとうに討伐されただろう。人間などによって化け物として狩られるか斬られるか。
しかし、ここは不幸にも真っ黒い泥の海。
さらに、お姫様は不運にも不滅の命をもつマーメイド。
一匹による百鬼夜行は、終わらない。底が見えない。永遠に、永劫に続くかと思われる。星が干からびるとか爆発するとか、そういう大災害によってすべてが終わる、そのときまで。
泥のなかのお姫様はたった一匹、しゃれこうべを抱えて今日も孤独に汚泥の海にいる。
END.
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