それは明日に置いて

未来に限りがあるから人間は美しい、なんてね。

流行ったコトバであるけれど。
ミオはもはや、唾棄するほどの嫌悪を覚えた。目の前で波しぶきを浴びてはしゃぐ異形の人魚たちを眺めていると、仕事とはいえ、タバコでも吸いたくなる。禁煙してやっと10日というのに。

人魚。にんぎょにんぎょにんぎょ。

なんて、美しいいきもの。
瞳はルビー、汗はダイヤモンド、どうしてこんな生き物が実在してしまうのか。不幸はいくらでも重ねられるのか、人類は、やはり知能の高さゆえに狂い死にゆくものなのか。

人魚たちら永遠の命がある。

そして、食うと、人間も不老不死になる。ただし死んだあとも死なないというだけ。俗っぽくわかりやすく言うと、死後にゾンビになるだけだ。誰だ、不老不死になるだなんてロマンチックに表現した、無責任なやつは。

ゾンビを討伐する警官、各国、人類もいつかは気づく。

人魚の肉か。

なら。ならば、人魚を監視し、彼女らが捕食されないよう、なぜか限りある命のアタシらが彼女たちの守護者になった。

バカな仕事だ。バカげている。浅瀬ではしゃぐスーパー美人ども、全員が1000年経ってもおなじ姿で美しい。そして人類は命ある限り、彼女らを各国総出で守るのだ。

虫けらに守られて、人魚どもは、いい気分がするようだ。嬉しそうに人間の見張りを受け入れて、ミオとて何度も海水浴に誘われている。

ミオは、言うことを決めている。

明日ね、明日。

もちろん、そんな明日は、来ないが。ウソだが。永遠がある人魚たちは、あらそう、と毎日、毎日、じゃあ、明日ね、と答える。

明日なんて人魚たちにはどうでもいい。

本当、本当に、バカな人類を思い知らされる。ミオは、今日も「明日ね」と、断るが、唾を飲んだ。

明日なんて来ないが。
バカ、か。

アタシは。バカな人類。美しさも命も、いくら傲慢にふるまったって、尊厳すら、いともたやすく踏みにじられる。

ただ、かつて、50年前くらいは人間、人類がコレをやる側だった。異形たちが表立って活動する以前の話。

きっと、その『前の世代』は、明日は宇宙にいけるさ、なんて、バカな夢を見ていたのだろう。

バカな、バカ。
アタシもそのひとり。

ミオは、やはり、タバコを吸うことにした。勤務中だが禁煙しているはずなのだが、それがなんだというのだ。明日に、置いてくる、これが人間にできる、せいいっぱい。


END.

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