解体ラブスト2-41

「痛だ……ちょお痛え」

「当たり前じゃないですか!」

あーいたいいたい、しーさんが当て付けがましく顔面を抑えてうめいている。私は知らんぷりするべきだった、けど、恨み節を言いたいのは私の方こそ、という気持ち。

さっき、ちゃぶ台を端から蹴りあげて、しーさんの顔面を木の塊がめいっぱいに殴打した。
鼻が折れた、と最初のしーさんのご感想。

「なんなんですか。イメクラの村のアタヤを同情したのでは!? あなたが私に性欲を今さら剥き出しにするなんて、最悪をさらに上塗りしてきます!」

「せいよく」

「そーとしか言えないですよ!? 抱きつくわさわるわ撫でるわくっくわ!! 下心!! そういうの、要りません」

「恋する男にきびしい」

「犯罪に厳しいんです。付き合っていられません。てゆか付き合ってもいませんよ私たちは!?」

「結婚はしてるのに……」

「離婚協議!!」

「応じてないもん。する気ない」

「性犯罪未遂者は可愛こぶらない!!」

「とっくに前科つきまくりだし……ああ沙耶ちゃんに手を出すつもりはまだなかったよ。それはほんと。本当にな。でもさ、俺だって……沙耶ちゃんがあーゆう危うげな状態でいた時期があって、今後も保証なんかないわけで? 焦りが出てるんだよ。わかってよ」

「わかってたまるか、です」

「恋する男にきびしいって」

「犯罪!! 夫婦間でだって合意なしはDVです!!」

「あ。今ハジメテ沙耶ちゃんに旦那と認められた?」

「耳聡い!? 反省がない!?」

「俺もう重科犯で取り返しつかないし。もともとそうだよ」

「何もかもが軽い!!!!」

叫ぶくらいしか私にできることがない。なんだこれ。
だから、さっさとアパートを出て、遅く帰って、滞在時間を短くする作戦をとったわけだった。

「うぐ!」

肩に、どすん、体重をぶつけられる。ベッドに倒れ込んでいるとしーさんも一緒に倒れてきていた。
二人で寝転んで、髪もぐちゃっときて互いに絡まりそう。

残念だ。いや無念。しーさんの距離感がバグッてしまわれた。

恋だなんだと言う。
けど。恋は性欲なのか。直結なのか。知らないそんなの。

どことなく常に何かを訴える眼差し。灰色のなかに確実な意志が宿らせている。間近、真横に来た瞳がそれ以上を明確に求めているくせして、睡眠などとぬかして、こらえて、それが余計に気持ち悪かった。

「まぁ、寝よ。今夜は。ひとまずはね。勉強の邪魔してゴメン。そこはごめん。でも次はちゃんとキモチよく触るよ。アレとは全然違うから。アレは痛くも悦くもないようにワザと触ってた。沙耶ちゃんが好きなんだって。沙耶ちゃんを、心配? たぶんそういう感情なんだろうこれ。ね、俺たちそろそろ先に」

「進、み、ませ、ん!!」

顔面強打で顔中がはれて真っ赤な、ついでに懸命に説得しているらしきしーさんに対して、私は、さぞや青い顔をしていることだろう。

どうしろと。同居のヒグマ(仮)が性欲をぶつけはじめてきた。
解決策は、私には判らない。

恋も、ときめきも、抱いたことすらない。誰に対しても!

ずうっと、それどころじゃなかった。生きるだけでせいいっぱい。昔も今も。

迷惑です、寝転がった間近な眼に告げても、その眼は痛くも痒くもなさそうに認めるだけだ。ほんと、頑強なほど、軽すぎる。

「沙耶ちゃん、体だけでいいから先にくれない? 不安、多分な今のこの感じ。なんかもう足らない感じがして俺が嫌だ。キモチよさも教えられるからさ。ハジメテの相手として俺って最高になるはずだよ? 貸してくれたら教えられる」

「おもちゃの貸し借りじゃないんですからね最悪のヒグマさん」

ひぐま? ばちくり、する、瞳が。
たまにしーさん、子どものあどけない反応をする。

私は、思わず、肺の奥底から。ため息が吹きでてる。

「……もしかしてヒグマって俺?」

「……ほかに誰が」

「……なら食べてもいいかな人食いヒグマってことに、ぉ、さやぢゃ、窒息は過剰防衛にな゛る゛よ゛」

布団を広げて顔にしばし、押し付けさせていただいた。心頭滅却……。心頭滅却。


END.

読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。